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テンポラリー通信

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2016年 09月 03日

目にはさやかにー撓む指(17)

古歌で花伝書の最後にも使われていた

 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども
 風の音にぞ 驚かれぬ

現在の心境なら、<秋来ぬと 目には明かに見えねども
風の熱さに 驚かれぬ>とでも言えそうだ。
残暑というより今が夏本番。
昨日少し力んだ事があって、大汗をかいた。
シャッもびっしょ濡れ、額にも大粒の汗。
透析治療の水分減量には効果あっただろうが、体は
へとへとだ。
治療後の夜10時過ぎには、さすがに気温も落ちていた。

今日も気温・湿度が高い。
北極の永久凍土が溶け出し、空中にメタンガスが放出
されているという。
これが地球を覆えば、さらに温暖化は進む。

山中で熊と遭遇し闘って撃退した空手の達人が話題だ。
顔や手足に傷跡が生々しく残る。
普通人なら重傷か生きていないだろう。
自然の野生に素手で普通人は敵う訳がない。
野生の一頭の熊さえそうなら、自然全体の野生に人が立ち
向かえる訳がないのだ。
光も水も空気も濃くなってきている。
ある意味開拓初期の自然との対峙に戻らなければならない
時代が来ているのかも知れない。
都市文明にずっぽり漬かっている現代人は。自然への畏怖と
それに対峙する必死さは、ほとんど喪われている。
便利・快適・力を与えるエネルギーは、ほとんどすべて自然
から頂いて増幅している。
石炭・石油・原子力。
水力・火力・太陽光。
みんな自然と地球内資源に依拠したエネルギーだ。
そのエネルギーを過剰に自己利益の為に使い続けて、地球
自然が野生を剥き出しにして顕れてくる。
熊の野生と同じである。
しかし地球・自然を相手に、空手の達人のような訳にはいかない。

山里稔さんが昨年出版した「北海道木彫り熊の考察」に収録され
た木彫り熊のような、野生の物を人間と野生の中間化する人の優
れた知恵・文化の神髄を便利さ・快適さ、力の誇示、支配欲へと
拡大増殖し、地球自然を食いものにして今がある。
熊という野生・自然との間に、普通の人も手で触れれる木彫りの熊
のような野生・自然と人間社会の中間に位置する文化も捨て去る
時代である。
故郷や風土という社会的存在・中間地帯を喪失しつつ、中間の界
(さかい)という世界を磨り減らしつつあるのだ。
火が蝋燭の灯りや焚き火の温もりとする知恵が、野生の炎となる愚
をすべての自然・野生に犯そうとしている。

ゆっくり長い時間で変化する自然。
それがある過激さに変わる一線を現代は今超過しつあるのかも知れ
ない。
目には明(さや)かに見えないものを風の音に感じる感性を、目
に見える物に偏った社会感性構造。
そこに真のロマンも驚きも、個に訪れる土壌は消えてくる。

*それぞれの山田航「水に沈む羊」展ー9月20日ー10月2日
*橘内光則「土曜の夜の夢」展ー10月9日ー30日
*ホピ&カチーナドール展ー11月1日ー6日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2016-09-03 14:10 | Comments(0)


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