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テンポラリー通信

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2016年 06月 09日

向き合う・会うー回路(1)

2009年の目黒美術館「’文化’資源としての<炭鉱>」展以来
だろうか、東京行きは・・・。
でも今回初めてだろうなあ、病抱えて治療も受けながらの東京
は・・・。
その元・目黒美術館のM氏が早速山田さんのスマホで出迎えて
くれる。
先ずは今夕行かねばならぬ聖橋の病院近くで待ち合わせ、場所
の確認と昼食。
それから竹橋の美術館へ。
私の記憶するお茶の水、そして皇居外堀近くへの交通回路が
さらに複雑に交叉してひとりだと相当迷うなあと呆れる。
地上でも坂道の多いお茶の水界隈。
それが地下に潜ってももっと急な深い階段の連続だ。
立ち止まるのはひとつづつ確認の為。
地上地下ともに同様である。
久し振りに見るニコライ堂、建物は変わらないが周囲の光景が
間を消して迫っている。
あ~、そうだよう・・・と立ち止まる間は無い。
ニコライ堂を仰ぎ見るのは数十年ぶりだから一層である。
東京全体がひとつづつ回路を確定し覚えなければ、動きの
とれない街になっている。
コンピューターの配線回路のようだ。
道ではなく配線回路である。
インプットされれば、周囲は切り捨て直進。
そんな感じで竹橋に辿り着く。
毎日新聞の建物という入り口の印象的な建物を指差し、M氏
がこれがかってリーダースダイジェストというアメリカの出版社
のあった建物だよと教示してくれた。
戦後アメリカ占領時の文化広報の拠点という場所である。
アメリカ民主主義・デモクラシーの近代化の発信拠点だ。
皇居の周り一帯はGHQ初め、戦後日本を構成する歴史の種の
ような重要な建物が高層ビルの足元に眠っているのだ。
待ち合わせのお茶の水でも夕方行く病院の傍に若き木田金治郎
が通った学校跡をM氏が紹介してくれた。
今彼は千枚の木田金治郎論を書き進めているという。
木田金次郎を通した日本の近代論と想像する。
コンピューターの回路のような街路にも、歴史の道の記憶は
眠っていた。
暫し立ち止まる時間の豊かさを感じた。

この道の立ち止まる時間が凝縮した純粋空間が吉増剛造展
「声ノマ」には満ちていた。
日誌・メモ、声のメモ・カセットテープ、詩行の打刻銅板・写真
映像・GOUZOCINE、自筆原稿そして怪物君草稿・・。
これらひとりの表現者の感覚回路が全面的にそれぞれ繋がり
ながら独立して多種多様に息づいていた。
表現の表面的な区分は薄く透き通った黒い紗のようなカーテン
で仕切られ、各会場に響くそれぞれの吉増の声が<間>を有機
的に触わるように繋いでいるのだ。
観覧者は吉増剛造の脳内回線を歩行している。
だから立ち止まる豊かさがある。
<声ノート>と分類されたカセットテープだけでも200巻以上。
一巻一巻にその時々見聞きした脳の反応・咀嚼が音で記録されている。
後で展覧会図録でそのテープ一巻に私の名があるのを見て感激した。
吉増剛造の五感を通して脳内に消化・昇華された脳内咀嚼栄養素・命
すべてが展開される。
従って観覧者は星に滞在するようにひとつの囲繞地・コーナーに
立ち止まり経験する。
戦後喪ってきた街路の風景を、「全身詩人 吉増剛造」の脳内街路を
通して体感する展示でもあると思う。
それはカセットテープ・フイルムカメラ・原稿用紙・萬年筆・銅板・打刻
等のある意味時代の裾野に散らばっているレトロな裏道・仲通りの
ラデイカル(基底的)な現代でもある。
「声ノマ」、「マ」は間であり真であり魔であると企画者は記しているが
声は会場内では吉増の血流であり、間は内臓であり、真は生命である
と感じる。
そして魔は会場の存在空間、吉増の脳内肉体すべてだ。

美術館までの道程、その街の回路と対峙する全身詩人の脳内回路。
ひとりの人間の、メトロ・メトロポリス都市帝国との闘い。
同時代のラデイカルな記憶・記録・現在である。

コンテンポラリーでラデイカルな、稀なるヨシマスランドの創出である。

*「石狩河口 1994 吉増剛造」展ー8月7日まで延長。
 am11時ーpm7時:月曜定休(都合により水・金ー午後3時まで)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2016-06-09 14:41 | Comments(0)


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