吉本隆明の初期詩編「日時計編」を読んでいると、
夕暮れの建築物の傍らを歩くある風景が甦る。
傷を胸に秘めたふたりの若い男女が、ふっと不意に
鳴る音に驚き、空を見上げる。
鉄柱に鋼鉄のワイヤーが風に揺れぶつかり、ビーン、
ビーンと音を立てる。
その音のする空の方向にふたりの眼差しが向かうのだ。
ガソリンスタンドの鉄柱の旗竿のポールだっただろうか。
旗竿の鉄のロープが風の海鳴りのように鳴っていた。
広い舗道と暗い建物そして夕暮れ。
暗く沈んだ心と街路。
不意の風の飛沫の音を軽い驚きで共有した時間。
そして半年後少女は上京し真っ赤なブレザーコート
を着て、彼の下宿を初めて訪ねる。
暗いペーブメント、風の音の飛沫のささやかなな驚き。
その小さなふたりの共有が、燃える赤い服となって
日時計のように指射している。
吉本隆明26歳~27歳の青年期に書かれたこの詩編
には、ビル群の影と夕暮れの闇、真っ直ぐ伸びる舗道
の仄暗い影が情景のように浮かぶのだ。
そしてタイトルにもある日時計という燃える赤の指針。
私には遠い記憶として原風景のように甦る点景だ。
風の飛沫、暗く沈んだ街、長く仄暗いペーブメント。
そしてふっと共有した軽い驚きの一瞬の時。
その後知る華やかなネオンの明るい都市の黄昏
の時間とは異なる街路の時だった。
吉本隆明が戦後復興の華やかなネオンの中で、孤独に
胸底深く見詰めていた日時計の世界とは、あの時の
私の胸の小さなしかし深い傷痕の記憶に何故か触れて
くる。
そして村岸宏明の遺した仄暗い赤を背景に浮かぶ両脚の
作品とともに、今甦る風景である。
*記憶と現在展ー3月29日(火)-4月10日(日)
*それぞれの八木保次・伸子展ー4月12日ー24日
*鼓代弥生木彫平面作品展「駅」ー4月26日ー5月1日
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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