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2016年 03月 12日

ふるさとー泉(21)

誰にでもそれぞれの故郷がある。
3・11を迎えて5年目の節目、多くの特集映像が流れる。
その多くが漁業や農業、林業といった自然とともに生きて
いた人たちのふるさとがキーワードである。
故郷とは何か。
荒廃した山野、原発事故の影響で無人となった街。
それらとともに、故郷とは、が語られる。
自然からほど遠い都市の故郷とは何だろう。
都会とは消費に基づく商業の街である。
そこにも<ふるさと>はあるのか。
私自身に即していえば、街の裏通り、中通りそして
何屋の何ちゃんと生業とその主の顔が見える風景が
ふるさとの姿だったような気がする。
少し遠景には三越などの大きな建築物があり、さらに
小学校や時計台などが立ち並んでいる。
電車も走っていた。
ふるさと、といえば

 兎追いし、かの山
 小鮒釣りし かの川

と自然にほど近い環境が浮かぶが、ある時代から都市のエリア
が拡大し、山も海も川もそんなに身近な遊び場では存在しなく
郊外というエリアに属するようになる。
郊外を生まれ故郷にした人は、外側に広がる自然の山野に
背を向け内側の都市の中央へ意識がある。
郊外とは住宅だけのゾーンであり、近隣の顔も生業もあまり
定かではない住まいのパックされた地域であるからだ。
今回の震災で登場する住民たちの多くは、農業。漁業・林業
町中の商店主などだが、ここにも住人の生業の顔が見えるのだ。
そこに<ふるさと>というコアが生まれる下地が見える。
郊外宅地には家の形は見えても、人の顔と生業は不透明である。
言わば住家の都市化である。
今私の生まれ育った場所に行っても、商品と建物ばかりで、そこに
人の住んでいた顔は無い・
あるのは失われた遠い記憶のみである。
そして思う。
私もまた故郷喪失者のひとりである事を・・・。
この生まれた場所をビル群に明け渡し、郊外の住宅地bへ引っ越し
その後の記憶はその時新築した家屋の姿が主に残るのだ。
そして近くの山の中を歩き回ったこと。
それは探検のようなひとりぽっちの行動だったから、<ふるさと>と
いう共有されるものでは無かった。

きっと現代人はわたしのような人間が、多くいるに違いない。
故郷喪失は前提で、郊外住宅団地に生まれ、都市の中央を見詰め
上の学校へ進み、さらに大きな都市へ企業へと中央志向は続く。
前のめりに郊外ではなく中央へと急き立てられるように生きる。
故郷喪失、心の難民のようだ。

身近な海・山・川・街とともに暮らしてきた人たちが、海・山・川の自然
災害を受ける。
そして大都市圏のエネルギー源を支える電力、原発事故で近くの
小さな街も山・川・海も汚染され閉鎖される。
都会人より<ふるさと>に恵まれていた人々の故郷喪失。
私たちはきっと今程度の差こそあれ故郷喪失の時代を生きている。
故郷喪失を心と体の難民として感じるかどうか。
被災者の明白な<ふるさと遮断>の映像を見ながら、そう自分に
問う自分がいる。

 テンポラリースペース札幌市北区来た16条西b5丁目1-8斜め通りにしむ気
 tel011-737-5503、
 
、、
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by kakiten | 2016-03-12 16:26 | Comments(0)


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