テンポラリー通信

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2015年 11月 23日

燃える・モエレー土(3)

久しぶりに、燃える街角・器の浪漫・という旗印を
思い出していたら、もうひとりの<燃える>が出てきた。
ガラス作家高臣大介の初期代表作「燃える男はロック!」
である。
今回ヴェトナムでの展示に英語でどうこれを訳すか悩んだ
末、「THE ROCK」としたとブログに書いている。
シンプルで良い訳と思った。
燃える男は消えたけど、THEが効いている。
初冬の北の島から南のヴェトナムへ。
その行為自体が、燃える男はロック!と思う。
そしてその後に続くブログで最初の冬のガラス展、
燃える街角の思い出を書いている。
後に彼の原点ともなった吊る作品を集中して創った
展覧会である。
当時ガラスは一般的には夏のものというイメージがあった。
それに流されず冬の氷柱と勝負しようと提案し、それに応え
た展示だったのだ。
この時展示された短期間にも関わらず大量に制作された透明な
吊りのガラス作品こそ、今ライフワークとして千本を目指して
いる「あふれでる」の原形となったものだ。
そしてその後毎年続く冬の個展のスタートともなった展示だ。
思えば、燃える男と燃える街角の出会いの展示でもある訳だ。
ヴェトナムの展示後、モエレ沼のガラスのピラミッドでイサム
ノグチの照明器具と競演し、その後テンポラリーで個展となる
予定だ。
この時私はかって「亜寒帯」という新聞コラム欄に書いたモエレ
沼とイサムノグチ」を思い出した。
2005年5月27日付けの新聞である。

 空が低く天と地が灰色に染まって境がなく街育ちの私には
 見たことのない不思議な光景だった。
 空は厚い雲で低く繋がり地は湿地と水の広がりが漠として
 続き水の成分で世界がつながっている感じがした。
 水と土、海と陸、川と岸という区別のない不思議な風景で
 あったことを覚えている。

最初にモエレ沼を見た記憶から湿地帯だったモエレ沼を語り、
その後ゴミ処理の埋め立て場となり、現在のイサムノグチ公園
までを考察している。
湿地帯を大地の粘膜のような存在と捉え、人間に喩えれば五感
の触れる背後に存在する粘膜のような境の存在だという論である。
そしてその場に惹かれたイサムノグチ自身の出生と重ねて論を
進める。
  
 この場所を選択したイサムノグチの出生を考えるとモエレ沼は
 土と水のどちらにも属さないしかし極めてナイーブな場として
 イサムノグチの出生と重なったのかもしれないと思う。
 国によって特に戦争によって、父の国と母の国に引き裂かれた
 どちらにも属することの出来ない悲しみは、人間の勝手な線引き
 と暴力よってもたらされた。その現実を復元は出来なくとも、
 その原風景を文化の力をもって再生する事が可能であるかもし
 れないという未来への希望をこの公園は保っているかに思える。


燃えるからモエレへ。
moyreー静かデアル・流れの遅いー知里真志保「地名アイヌ語
      小辞典」
燃える男高臣大介の静かなる炎に期待する。
銀世界の静かな白の燃える街角で。

*吉増剛造展「怪物君 歌垣」-12月15日(火)-1月10日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・正月3ヵ日休廊。
 :鈴木余位(映像)・村上仁美(花)・山田航(歌)
 :フライヤー制作 中嶋幸治・酒井博史
 :会場構成 河田雅文
*高臣大介ガラス展ー1月下旬~2週間

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503     
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by kakiten | 2015-11-23 14:58 | Comments(0)


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