テンポラリー通信

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2015年 11月 14日

閉じる・開くー空(22)

英国のMさんから感謝のメールが届いていた。
自分の仕事に自信を取り戻したようだ。
さすがにネットは速い。
しかしその中身には速さとは別の時間が蓄積されている。
Mさんから来た資料の封書には、日本の切手の4倍程の大きさの
切手が貼付されており、Royal MailとUKの文字がある。
UKとはUnited Kingdomの略という。
この西洋を頂点とする英国という国のなんとも誇り高き国家
気質が、この切手一枚にも誇示凝縮されていると感じた。
そういう国で生きていく日本人、そして仕事。
英国生まれの世界的美術家を追悼する本で、Mさんが感じた口
惜しさは、作家の本籍と作品の本籍のギャップと重なるものがある。
太陽光の熱とガラスのレンズを用いて、海岸の流木を素材に
その場で太陽光で焼付け作品を創るロジャー・アックリング。
彼の作品は、その場所にこそ作品の本籍が在る。
ロジャーが選び感じた場所にこそ作品の故郷があるのだ。
彼の死後その故国が追悼するのは、UKという本籍の誉れ
が主となるのも致し方ない事ではある。
しかし作品自体は作家の本籍と同じではないのだ。
作品は生まれたその場所とともに呼吸し生きるからだ。
スコットランドに嫁ぎ、仕事をしているMさん自身と同じ
ように、その場が作品の母胎となりそこに根ざす物と思う。

作品が保つ宇宙は作家を離れて人の心の大地に根付く。
その作品の影響力が人間社会の政治経済を含めた社会構造
の中に取り込まれると、おらが国の名誉という作家の戸籍
本籍という閉じられた位相に転位する事だ。

石狩望来海岸で滞在し制作した全作品の展示・図録・レク
チャー記録。
それらがすべてこの地に残り根付いてこそ、作品は作家の
戸籍に閉じる事なく独自に作品の本籍を獲得した筈である。
ポプラや銀杏のように・・・だ。
Mさんの経験した口惜しさは、芸術作品が保つ時間軸と
人間社会の有効性を軸とする時間の本質的な差異が生む
軋みなのだ。

13年前作品を札幌に遺したかっただろうロジャーの気持ち
に応えられなかった私の悔しさも、あの時経験した作品の記憶
が伝えてくれるものである。

*吉増剛造展「怪物君 歌垣」-12月15日ー1月10日
 am11時ーpm7時:月曜定休:正月3ヵ日休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-11-14 13:25 | Comments(0)


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