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2015年 11月 07日

宿るものー空(19)

燃える壁の蔦の葉が散り出し、真紅の覆いも
疎らになってきた。
蔦の黒い実が顕わになり、鳥や鴉が啄ばんでいる。
今年は特に壁の蔦が深く茂り、紅葉も濃かった。
古い木造の民家に宿り共生する蔦。
その紅葉の美しさに思わず惹かれたのか、白い大根を
並べた大根干しパフォーマンスが一日だけ南窓鉄欄干に
見事な並べ方で縄で括り飾られていた。
窓を囲む紅い蔦の葉と白い大根のアンサンブルだ。
翌日にはもう別の場所に移動していたが、一体あれは
何なんだっただろう。
隣のテーラーさんの仕立て技というところだ。
この古い家屋にも何かが宿っている。
そう思う。

人もまた何かに宿り、宿ろうとする存在なのだろうか。
音楽も絵画も造形も、そうした宿りの昇華から生まれる何かだ。
ふっと気づけば、友人達の風体も精霊(カチーナ)の風体
に見えてくる。
人そのものの姿にも、何かが宿っているのだ。
人形(ひとがた)に宿ったカチーナドールを見た所為だろうか、
そのプリミティブな強いエネルギーが今も続いているようだ。
利便が主となって、精霊は消えたかにみえる現在。
芸術・文化の位相は利便性の横軸に引っ張られている。
自立する縦軸の力を喪いつつ、風土という自然に根を張っていく
力を見失っている。
社会現象としてもそれらは顕著だ。
高層ビルの地盤杭打ち偽装、産地偽装のメニュー発覚。
最近の一連のこれらの偽装の根は、利便・功利性を優先する
横並び比較の横軸優位思想に因る同根の仕業だ。
輸送という本質仕事を疎かに、点検偽装経済優先のJR鉄道。
横軸のタワー化、横軸の地下化の都市構造。
利便性と功利性優先の横軸優位の価値観が、縦と横の織り成
す有機的な世界を閉ざしているのだ。
表通りという縦軸に仲通・裏通という横軸が織られる。
それが界隈という街を創る。
書で言う「真・行・草」、数学にある「格子・余剰・自由」庭園でいう
正格・自由・中間。
これらはみな先人が遺した自然の知恵の原則である。
木の幹・枝葉・根ー川の本流・支流・源流ー山の裾野・中腹・山稜
と世界は縦横斜めと有機的に織られている曼荼羅宇宙だ。
そこに精霊達が宿れる世界がある。


*吉増剛造展「怪物君 歌垣」-12月15日ー1月10日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-11-07 16:02 | Comments(0)


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