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テンポラリー通信

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2015年 10月 06日

初日ー空(1)

20点程の1972年ー74年制作の作品が並ぶ。
どこか時代の霞が漂うように感じるのは、制作年代を
意識したからだろうか・・。
作家として自立する直前の高揚と未明の迷い。
それが画面に霞のように時代に関わらず漂っている。
注目すべきは色彩と線の形である。
線の造形には当時の佐佐木方斎の強い意志を感じる。
そして赤の色彩に同じ情念を感じる。
画面全体の造形自体は、当時のモダニズムの匂いが
漂っている。
道東の一地方から初めて経験する喫茶店のある街に
来て、高ぶる都会と絵画への意志。
その才能と情念が揺れて高揚し画面に足踏みしている
ようだ。
この作品群の一点を故渡辺伊八郎氏に見せ、作家デビュー
が決まったと聞くが、実際に抽象派作家協会展に出品し
たのは赤一色の丸を白地に描いた日の丸のような作品だ
ったという。
それを今回のDMに使っている。
その相違と感じられるものは、昂ぶりや逡巡といった
統御出来得ない蒸気のような中間部分であろうか。
赤一色の作品にはそれが無いからだ。
しかしそこへ至る前の躊躇や昂ぶりの強い意志と感情は
それ以前の今回展示の作品群によく表れていて、その後の
本格的な作家活動の萌芽もまた予兆のように蠢いている。
構成する理の意思と美を意識する色彩のせめぎあいが素の
まま、逡巡し溢れ出ているからだ。
その後の本格的展開「格子群」「余剰群」「自由群」の
奥に退いた、色への情念、構成への挑戦といった野心が
のたうつように漂っているからだ。
その昂ぶりが逆に今時代を感じさせ、遠のく霞のような
時を感じさている。

今この未発表の改めて人前に晒す意味は何処にあるか。
それはこの作家自身にしか分からない事なのかも知れない。
曖昧で逡巡し未完成なもの。
それはまたなによりも作家自身の生身の血肉だからだ。
生身の血肉を露わにする。
それはそれで勇気という意思の力がいる。
私達は今当時の青年の野心と逡巡の中で必死で志す表現への
幻の汗・情念の蒸気のようなものを見る。
表現に完結し昇華し得なかった高揚し逡巡したもの。
それらが40年の時間を経て、霞のように漂い蘇える。
それらが霞のように今の皮膚・肌を包み、現在を撃つ。
それも絵画というものの保つ力であるだろう。
コンセプトの完成だけが絵画ではない。
未完もまた絵画である。
そうした展示を出来得る事は作家自身の幸せと思える。
そう思って今回の展示を見ている。

*佐佐木方斎展「Housai’s Early works 1972-1974」
 -10月6日(火)ー18日(日)am11時ーpm7時;月曜定休。
+HOPIショップ「Sun&Rain」-10月30日(金)-11月1日(日)
31日(土)講演会で午後5時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-10-06 17:22 | Comments(1)
Commented at 2015-10-08 01:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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