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2015年 09月 27日

水難・金難余話ー花(20)

自宅の水道費が何度か通常より高いので水廻りを点検する。
トイレの排水バルブが甘くなっているようだ。
水が切れていず、ちょろちょろ流れ続けている。
上の蓋を持ち上げ浮き玉を調節すると一時的に治まるが
戻すとまたチョロチョロ。
何度も蓋を持ち上げ蓋を片手で固定し内部を点検する。
手洗い用の排水口が蓋の上に出て中と繋がっているので
蓋を片手で宙に浮かせ内部に触るので無理が生じる。
陶器製の蓋を勢い良く落とすと、その反動で水が止まった。
その時勢いが強かったのか、蓋の端の方が割れる。
拳くらいの断片が落ちて、合わせると隙間無く繋がった。
今朝また水が細く流れ止まらないので、合わせた断片を
外し蓋全体を持ち上げ、片手で宙に固定し内部を覗き込み
何度かして水を止めた。
手が疲れていたのか断片を戻す時、蓋の方の切り口に指が
触れ出血する。
部屋に戻り急ぎ絆創膏を探し止血した。
血を見て泡食ったのかその間随分手間取った。
身体の治水の腎臓病に連動するかのように、自宅の治水にも
苦労して修復しなければならない。
身の内外水難続きだ。

少し落ち込んで財布の中身の話を書いた所為か、すぐに
T君が来て学生時代から貯め続けていた開かずの貯金箱を
持って来てくれた。
これ、使ってよ。割れば良いよ。
何ぼ入っているか、分からないけど・・。
と言う。
ちょっと胸が熱くなった。

水難・金難続くけど、世界は難ばかりではない。
ノブひとつに排水を任せ切りにしていた日常も、体内の水と
栄養素の見えない管理を一臓器に任せ切りにしていた日常も
難にあって気づくものがある。
身体内から住居大へ、住居から社会のインフラ、そして自然の
大きな循環へと日常の日々が水を通して繋がっている事である。
そして金銭という社会の血液もまた友情の貯金箱へと変身し、
腎臓のように姿を顕すからだ。
水の銀行・貯金箱のように腎臓は水を貯め濾過し、使い道を得て
出てゆく。
T君は友情の使い道の為に貯金箱を全部差し出したのだ。
一種の臓器提供だ。
自分の為から他者の為にと。

世界は些細な日常の困難でさえ繋がって、存在している。
水難・金難はこれからも続くだろうが、併せて勇気という有機的
栄養素も頂いているような気がする。

*佐佐木方斎展「Housai’s Early works-1972~ 1974」
-10月6日(火)-18日(日)am11時ーpm7時月曜定休

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-09-27 14:05 | Comments(0)


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