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2015年 09月 19日

堤防ー花(13)

今も河川氾濫の水抜きが終わってはいない。
福島の原発事故後の地下水と汚染水の処理も
一日何万トンも出てその処理に4年経ってまだ本質的
処理は終わっていない。
水は恩恵と同時に大なる脅威でもある。

体内でも同じ事がいえる。
私は週3日透析で体内の水の浄化をしている。
腎臓の機能が低下し、水の歯止めが落ちているからだ。
体内の堤防が決壊しているようなものだ。
溢れて他の臓器に浸水する水をポンプで排水する。
それが透析治療だ。

水を管理する護岸・堤防。
自然は森や山を自然の護岸・堤防として絶妙に配している。
人は体内に腎臓や筋肉を内蔵して、有機的に川のように
血管を廻らせ心臓とともに循環させている。
海や湖、山や森のように貯水し皮膚という土・肌を潤す。
そのコントロールの大元が腎臓である。
そこの機能が落ちると、水は溢れ侵食を始める。

この外的自然構造と体内自然の構造は、本質的には同一と
私には感じられるのだ。
身体だけではなく、社会構造として考えれば、やはり本質的
には同じ構造が考えられる。
護岸・堤防・貯水ダム。
この歯止めが崩壊すれば、浸水・洪水という水の氾濫となる。
ここでも歯止めが重要だ。

そして人間にはもう一つの氾濫がある。
精神の叛乱である。
ある精神的な高揚は、ファシズムや極端な宗教崇拝という激情
を生む。
激情は歯止めがなくなると、溢れ出て氾濫し他者・他国を侵略
する。
ここにも理性・思想といった、精神の堤防が必要なのだ。
蟻の一穴という。
決壊はそうした日常の小さな油断・不摂生から始まる。

戦後70年は戦争放棄の憲法とともに、かっての国家社会決壊を防
ぐ民主主義という名の堤防であった。
そこに解釈変更という蟻の一穴が開けられ歯止めが失われんという
状況が生じている。
津波や台風と同じように、決壊し氾濫した遠い記憶を忘れて3・11
も再び経験されたのである。

近年続く自然災害や原発事故の気の遠くなるような浄化処理は
自然からの人間の体内自然も含めた大いなる緊急警告だと、私は思う。

+佐佐木方斎展「Housai’s Early Workus」-10月6日(火)
 -18日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-09-19 14:34 | Comments(0)


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