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テンポラリー通信

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2015年 09月 05日

立つという事ー花(3)

人間は動物と植物の両性類なのかもしれない。
植物は主としてその場に根を下ろし空へ立つ。
動物はゾーンとして横に縄張りを保ち移動する。
軸で言えば植物は縦軸で、動物は横軸である。
人間はその両方の行動性を持っている。
そして現代社会は動物的横軸のスピードが主たる世界だ。
横を縦にしただけの高層ビル群もまた同様の構造だ。
長い人類の歴史を見ても、それは移動と移住・移民の
歴史でもある。
現代は特に災害や戦争の難民という望まぬ悲惨な
移動も多い。
しかしそれだけではない。
都市社会の中では、情報も日常も横軸のスピードに
流されている。
街の風景も郊外の長閑だった風景もあっという間に
変わり、時として以前そこに何があったか戸惑う程だ。
その場所に根を降ろした風景が消えている。

今回の「Water Fall-花とガラス」展の隠されたテーマ
は、<根>の顕現という事だろうと、私は思っている。
根という字は語源が踵(かかと)からくるという。
身体の立つ根が、踵なのだろう。
そうしたフイジカルな<根>の他に、もうひとつ心の根
というものもあるのが人間だ。
それは移るという横軸だけではなく、動くを根とした移動
であり、住むを根とする移住であり、民を根とする移民
という横軸と縦軸の交叉する人類独特の世界観だ。
移る現象が今は主流となり、根の<動・住・民>が希薄に
なって世界は息苦しい隘路の途上にいる。
その地に根を張った生き方、その地に根を下ろした風景。
それらを追求し守るのがもうひとつの心の踵(かかと)根
としての人間的行為であるだろう。
その意味で人間の動物的側面ではなく、心の踵を精神と
して問うという事は今非常に大切な一歩の行為だ。
その鏡となるのは、自然という水・光・空気に根を降ろす
世界である。
今展示でそれは、植物の根であり、水の根ともいえる泉
でもあるだろう。
ガラスはあたかも水と光と風のように存在し、花は多くが
蔦・枝・蔓となって<根>の世界を表現している。
「滝」ではなくあえて「Water Fall」をタイトルとした真意
は、表に顕在化した花や泉の根の世界を表現する意思
がFallという見えない世界への触手の言葉としてあるか
らだと私は思う。
地中を流れる伏流水。
地中でその水を求めて伸びる根の先。
それらが泉となり川となり花となって地上に顕在化する。
目に見え移りゆく美しい<移>の現生を継承する。
しかしそれらは地の世界で、<動>があり、<住>があり、
そして類としての<民=集中>がある。
水にもそれぞれの源流となる山があり、そこに咲く花の
原生地がある筈だ。
水と花の根の原点。
風景の原点、風景の根の世界。
その世界をふたりの表現者はそれぞれの手段・表現で
創り上げようとしている。
従って今回の二人展は、村上and高臣の並列な二人展で
はなく、2×1の1が創り上げたひとつの空間世界なのだ。
それぞれが生業をガラスと花の世界にに身を置きつつ
その華やかな表の流通世界とは違う陰の根の世界を表現
として顕在化した。

花の根、水の根、人の根、場の根。
それらが一体となって見飽きない美しい風景を創造している。
花とガラスで心の踵(かかと)・風景の根を創ったね・・。

*村上仁美・高臣大介展「Water Fall-花とガラス」-9月6日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-09-05 12:32 | Comments(0)


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