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テンポラリー通信

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2015年 08月 01日

光に翳してー窓(15)

瀬川葉子展「FILE」も後一日。
多くの日が、光の漂う美しい時間の中で過ぎた。
時に揺らぐ光、時に抜ける微風の中で、額の前に
翳して魅入る多くの人がいた。
日常の捨て去られる筈の小さな紙たち、紐たち。
それらがもう一度人の掌の上で輝きと親和力を保つ。
綺麗、と言いながら、ふっと発見したようにIさん
が発した。
”これ、ポリ袋の紐!”
台所の流し場の隅に置いてある三角コーナーのゴミ
袋だろうか。
用が済み廃棄される物たちのもうひとつの存在証明。
それが素材の存在証明となって別の輝きを放つ。
手が掌(てのひら・たなごころ)となり、その素材の
保つ美を掌が光に翳して見詰める。
これこそ本当に、(たなごころ・掌)だなあ。
操作し物を運び手・機能的に動く手。
そしてその手は同時に、バイ、バイと心を伝え、握り
合い友情を確かめ合う心の手でもある。
手が変幻するように、機能的な用途のものたちも変幻
するのだ。
手が掌となるように、紐も紙切れも変幻する。
それは人の心の変幻でもある。

瀬川さんは作家活動を中断した長い日常の時間の中から
その切っ掛けを自分の日常の掌(てのひら)から見出し、
表現化し復活した。
用の日常達は、物の素材として彫刻のように立体的な存在
として立ち上がり、別の光に浮き上がる。
見る人も掌を翳し、光とともに物そのものの時間が訪れて
来る。
瀬川さんはその姿に微笑み、話しかける。
”裏から見ても好いのですよ”
掌を通して作品と心が伝わる、多分作者には至福の時だ
ったろう。

瀬川葉子という作家はこれからより一層立体の作家とな
っていく事だろう。
あたかも掌が織り成す織物のように、日常の消去され廃棄
される用の物たちが、翳す光とともに柔らかな立体として
より強くより大きく形象化されるに違いない。
今回のタイトル「FILE」は、物たちに本来の存在美を
与え包んだ掌そのものを意味するたなごころ・FILE
だったのかも知れない。

*瀬川葉子展「FILE」-8月2日(日)まで。
 am11時ーpm7時:最終日午後4時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2015-08-01 12:06 | Comments(0)


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