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テンポラリー通信

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2015年 07月 22日

日常曼荼羅・万華鏡ー窓(9)

瀬川さんの作品素材となっている多くの物が断裁された
布や紙切れ、そして糸屑などだ。
それらが透明なファイルの中で、掲げ翳すと多層で微妙な
別の輝きを放ち出す。
用を無化した素材本来が保つ存在感が色彩を伴って蘇えり、
重ねられた他の素材とともに、万華鏡のように掌の宇宙を
創り出す。

2階の長椅子の片隅には、ガラスの楕円のお皿に紐状の
ビニールの切れ端が、荒い網のように表面を包んでいる
作品があった。
漬物やほうれん草などちょっとしたお惣菜を入れる浅い
楕円のガラス皿も、小さな曼荼羅の世界に変身している。
壁に展示された3点の作品以外はすべて掌に乗る作品だが、
この掌の宇宙こそが今回の展示の肝でもあると思う。
五体五感を超える身体機能の機械的増幅。
それが現代文明の速さや大きさの発展の原動力なら、人は
今孫悟空のように金斗雲や如意棒を手に入れその超能力に
酔いしれている時かも知れない。
遠くまで一気に飛び、伸縮自在の道具の力に酔って、鼻高々
の自己過信を、自然というお釈迦様がお前の力はこの掌の中
で暴れているに過ぎないと掌を差し出す。
そんな掌の宇宙を瀬川さんの作品に感じるのだ。
宗教的な意味合いで言っている訳ではない。
人間が掌を忘れて如意棒や金斗雲のような増幅装置に酔いし
れていく現在を例えて思う事だ。
多くの簡単便利なインフラと消耗品に囲まれて生きる現代人
が、それら消耗品の掌に潜む素材の宇宙を要・不要の機能の
用・不用でのみ消耗・消費していく、掌の喪失を考えるのだ。
人が掌を復活させれば、他の物質もまた素材本来が保ってい
る素材の掌を蘇らせる。
野生の漆が人の皮膚に危害を加えても、人の掌はそれを漆塗り
という漆の優美な掌に変え、握手する。
そのような芸術・文化の掌の力を思うからだ。
日々大量に放出される多大なゴミたち。
そのゴミを生む人間の日常。
最たるものは核のゴミ、原発の最終廃棄物のように行き場の
ない恐怖ともなるゴミもある。
巨大なエネルギーを得てその用途は人間の用の繁囲を拡大した
が、消耗した後の処理は依然として未解決のままだ。
もう人の掌の届かぬゴミともなりつつある。
部分巨大化した人類の掌喪失の未来が見える。

瀬川葉子さんの家庭の日常から発した小さな掌の宇宙には、美術
ならではの大きな転換・再生の試みが潜んでいると思う。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-07-22 13:21 | Comments(0)


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