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テンポラリー通信

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2015年 07月 09日

空澄んでー窓(1)

気温が上がり青空広がる。
昨日までの爽秋のような空とは違う。
初夏の陽射しである。
東京・下北沢で文月悠光さんとの対談を終えた山田航
さんが来る。
この日の夕刊に掲載されたモノローグ紀行東屯田通り
を歩く、を持って来てくれる。
活字職人酒井博史さんの案内による探訪記だ。
この町の皮膚の隅々まで知り尽くす名案内人だ。
映画館、市場、喫茶店と緩い坂道の通りに昭和の生活
の匂いが漂っている。
それら町のコアとなった市場も映画館も、もう今は姿を
消して、バブル期に建てられた高層マンションや空き地
も点在する閑散とした裏通りだ。
<住>という生活の根が細くなり、食や娯楽も町のコア
としての存在を喪失してきたからだ。
住む人の顔が見える町から、住の切り身パックのような
高層ビル住宅へ時代は変わり家の屋根も消える。
店先からそこに生活している住民の顔が笑顔とともに消えて、
、屋根の見えない壁の直線が辺りを見下ろす。
多分住む人も寝泊りする以外の生活の顔は見えないのだ。
住む人の顔が家並みや物と有機的に繋がって、人と物が緩や
かに町を形成していた記憶が、界隈を束の間甦らせる。
活字職人として、印刷や印鑑を通じて町と深く関わってきた
酒井君の語りには、滋味がある。
今40歳前の彼の青少年期に刻まれた町・通りへの愛借である。
坂の少ない札幌中心部で、微かな傾斜の続くこの通りを坂下
と呼んだ住人の皮膚感覚は、住んでいた人間のリアルな触感
が生んだ表現だ。
僅か何百メートルしか離れていない場所で生まれ育った私に
はない、通り・町への触感である。
大きな寺院や神社に映画館、そして市場に商店街が通りのコア
としてそれぞれの場処(町)に在ったが、今はタワー系の巨大
建造物が高層へと吸引し、その前の広場がプラザと化して囲い
込む構造へと変質している。
通りから人の顔と家屋の屋根が消えて、地下の内壁と表の外壁
が通りを遮断し、プラザとタワーが消費を主として人を囲い込
むX番街に取って代わって来た。
私は駅前通に生まれたが、駅というコアはJRタワーとなって
もう駅前という通りは無くなりつつあり、国道36号線という
車道の呼び名そのものになりつつある。
商品と店舗のブランド名が溢れる通称チカホー地下歩行空間に
地下街が発達し、人の多くは住を郊外やマンションに変え、
人の住み生活する00通りは東屯田通りが中心部最後の通りだ
ったのかもしれない。

屋根が見えその屋根の下に住む人の顔が見える町に、通りは
活きていた。
そして家屋もまた人と共生し歳月を重ねた。
そうした自然の家屋を今は古民家と呼び、和洋問わずロマンの
対象ともなっている。
昔私が初めてアメリカを訪れた時、摩天楼を脱出しショッピング
モールへと歩く店舗街の復活を目指した思想の底流が日本にも
やっと始まりつつあるという感じもある。
それはアメリカと違い、郷愁の情感を帯びた昭和浪漫・大正浪漫
への憧れでもあるだろう。
この去り行く時代への感傷とも見える感性が、ある劇的でラデイ
カルな思想を形作っていくなら、高層ビルの立ち並ぶ摩天楼を
捨てヒューマンスケールの2階までの高さを求めショッピング
モールを創ったもうひとつのアメリカの思想が生まれるかも
知れない。
日本は日本ならではの遣り方で、門前町や寺前町、停車場通りに
00通りを今に再生すれば良いのだ。
その場合かっての寺社や仏閣・駅に代わりうるコアを生む事が
出来るかどうかが、ポイントだ。
多民族移住者国家であるアメリカは、アメリカンドリーム・富
即ち物質主義が夢であったからショッピングモールのような
摩天楼脱出のヒューマンスケールの思想がコアとなり得ただろう。
日本には伝統的なモールが長年存在し、急な変化ーアメリカ化
摩天楼化・ショッピングセンター化に対し以前の町の郷愁に耽る
感傷の今がある。
今は未だそうした時で、酒井君のような感性が真にラディカルな
思想となって顕在化した時、街は再び変わる事だろう。
そしてその思想の根幹は、政治・経済・文化・芸術の根本に関わ
る我々共通の人間的課題だと思う。
浪漫で感傷に耽っている時ではない。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時;月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-07-09 15:01 | Comments(0)


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