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2015年 05月 21日

赤い運河の赤ー斜道(33)

ブログを打ち込み、山田、酒井君が来て慌しくその後夕刻
病院へ。
4時間半の透析で疲れ果てる。
ぼんやりした頭で透明な管を流れる血を見ていた。
透析されて薄くなった血の色。
その色が頭に残っていた。
今日ふっとパソコンに向かい思い出している。
あれは、一昨日見た藤森茂男の赤い運河の赤の色だなあ。
死ぬ前に夫が描いた運河は真っ赤な運河でした・・・。
そう新聞連載紙上で奥様が語っていた記憶が、自分の中でこの
赤を強烈な赤としてイメージされていたのだ。
しかし実際に見た赤い運河は沈んだピンクに近い薄明のもの
だった。
その色が透析中の透明な管、ガラス管の血の色に似ている。
死の前病床にいた藤森茂男がこうした血の色を見ていたので
はないか、と想像もする。
病んだ自分と同じように、運河の風景も病んでいる。
そうした想いが、あの赤い運河を描かせたように思う。
透析された運河なのかも知れない。

もう大分以前になるが、その当時私は道新に書いている。

 例えば、時計台の風景には、本来その東方にあった豊平館の広がり
 と高さが必要である。時計台を保存し、札幌の象徴とする発想には
 すでに現実の時計台が痛々しいまでに周囲の風景から滑り落ちてい
 る落差を前提としなければならない。・・・・
 <時計台>とは、すでに埋め立てられ、すでに解体された無名の家屋
 の別名であり、「保存」の名の下に今、仮の像を結んでいるに過ぎない。

 「小樽運河」を守る会は、保存に力点を置いている。しかし、鮭を例に
 とれば、鮭の「保存」と鮭の「再生」とは別の次元に属する問題である。
 鮭が川に再生する為には、川を変革しなければならない。それは生きて
 いるものにとって必然の事である。

 街と建物もまた、鮭や川と同じ様に一体となって生きている。
 <時計台>が、街の中に沈んでいっただけ、私達の<都市>も
 また、無名の家屋とともに沈んでいる。「保存」が「再生」と同義
 とされる楽天的議論の内に、今私達が住んでいる<都市>の問題が
 不在な事だけは確かである。

保存と再生は別次元と題して当時の小樽運河問題に触れ書いていた
文の一部である。
小樽運河を自らの住む札幌の視点で時計台の場所保存と移転問題に
引き寄せ書いたものだ。
すでに時計台は現地保存で決まっていたから、時計台を取り巻く風景
は埋め立てられて、時計台はその中に沈んでいる状況であった。
運河全面保存か部分保存の渦中で苦悩した藤森茂男の苦悩も、そこに
あっただろうと思う。
小樽運河全面保存と同時に「小樽潮まつり」の仕事も試みたのがそうだ
と思われる。
保存は再生ではない、を基調に論じたこの一文は今もそんなに古くは
ない問題を含んでいる。
この問題を考えた事が、伊藤邸高層ビル化問題で、「札幌緑の運河エ
ルムゾーンを守る会」の運動にも、今繋がっていると思う。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日(火) -14日(日)
am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel.fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-05-21 14:50 | Comments(0)


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