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2015年 05月 07日

ランドという国ー斜道(22)

ロジャーの事を思い出しながら、場という作家に
インスピレーションを与えるランドとしての場処
を考えていた。
内面の臓器言語が外界と相渉る筋肉となるような
空間・土地(ランド)。
詩人吉増剛造が長編詩「石狩シーツ」を書き上げ、
陶芸家鯉江良二が野焼きでアルミのモニュメントを
制作し、彫刻家阿部守が何度も滞在した場処。
さらにはもう少し河口寄りの来札で舞踏家大野一雄が
川に入り踊った場所もある。
ここ来札も流木の多い場処だ。
来札は<らイ>ではなく<なイ>という説がある。
直訳すれば<死(らイ)・乾いた(さツ)>が、川(なイ)
乾いた(さツ)と意味が少し変わる。
ロジャー夫妻の滞在した望来は、今はもう無い山本旅館
の存在も大きかったが、何より望来(モ・らイ)と呼ば
れる土地の保つ魅力がある。
アイヌ語で直訳すれば、モー静かな・らイー死。
こちらも一説では<らイ>ではなく<なイ>ではないか
という説もあるから、その時は<モー静かな・なイー川>
と言う事になる。
どちらにしても様々な漂流物が流れ着く美しい海岸である。
不思議な事に漂流物にも住み分けがあるのか、海藻類が多い
場所と流木の多い処、瑪瑙や石・ガラス片などの多い処と
漂着物の相違がある。
ロジャーの奥さんは、波に揉まれ磨り減って円く角が取れた
木製の下駄類が好きだった。
サンダルや下駄と思える紐穴の残る流木を集中して拾って
いた。
あのコレクションはきっと今も家のどこかに日本を訪れた
大切な記憶として大切に保存されているのに違いない。
流木の中に木製の下駄類があるのは日本だけだろうから・。

この海からの贈り物が集まる場所は同時に多くの石狩ゾーン
を流れる川の終着地点、扇の要の位置のような河口ゾーンで
もある。
人もまた百余年前にここから内陸へと移住してきた入り口の
場所でもある。
さらに遠い昔アイヌの人たちもまた南か北からか、ここを上
って内陸へ入ったとも思われる。
何故なら古いアイヌは河口を入り口と考え、川は下るものでは
なく、山奥へ遡るものと考えていたからである。

波の静かな澄んだ夕暮れ、光三原色が直線で現れる。
そんな石狩の光・水・空気の、それぞれに激しく濃くなる場所で
ロジャー・アックリング夫妻は充実して制作し作品を残した。
これらの作品は純粋にこの場処で生まれたものである。
ロジャーが英国国籍の英国生まれという問題ではない。
作品自体がここをランドとして生まれた望来発なのだ。
これらの作品群がこの地に所蔵されなかった事を、今更に
悔しい思いが残っている。
作家の戸籍に拘るあまり、私達のロジャー・アックリング展は、
公的に認められずに終わったのだ。

あの海岸はきっとロジャーランドとして、今も様々な贈り物を
受け止め、発信しているだろう。
政治・経済の区分ではない地球という光と水と大気のランドと
いう国が在る事をロジャーは知っていたに違いない。
極東の小さな島国のさらに小さな北海道島の片隅の海岸にすら
存在する事として・・・。


*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-05-07 15:22 | Comments(0)


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