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テンポラリー通信

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2015年 04月 28日

二本のポプラー斜道(15)

もう10年以上も前だろうか、茨戸周辺を茨戸街道を歩き
彷徨った事があった。
当時茨戸ハイランドというレジャー施設があったが、そこは
札幌を流れる多くの川が石狩川に合流するパラ・ト<広い沼・
広い河口(para+putu)>を意味する場所であり、
レジャーランドのイメージに飽き足らず、さらにその建物の奥
を歩いてみたのだ。
すると農場のような草原が広がり、旧石狩川の岸沿いにすっと
伸びた二本のポプラの樹が見えた。
爽秋の秋の空と叢の少し黄ばんだ大地になんとも印象的な高い
木立の二本のポプラ。
思わずカメラのシャッターを切り、写真に収めた。
そこからさらに奥の石狩川の三日月湖ペケレット周辺を歩き回った。
そんな遠い記憶の二本のポプラが明治初期の治水学者岡崎文吉の
残した川への思い溢れる漢文の文章によって蘇った。
蛇行を基本とする岡崎文吉の自然工法による護岸方法は当時から
最近まで世に認められず失意の内に北海道を去り、満州の大河で
その工法を実践するも、中国の政権交代によって今は跡形も無く
消え去っている。
唯一英文の学術論文で発表されたその自然工法がアメリカで認め
られ、今もミシシッピー川で実際に施設されているのである。
その岡崎文吉が札幌時代に藻岩山山頂から茨戸を望み、川面も
見えない鬱蒼とした森林が程なく消えたのを嘆いている。

 現今、藻岩山頂より展望を試むるものは、明かに本川流路を識別し
 水天相映するを視るを得へし。
 茲に於いてか、天然の調制作用を失ひ、風害を加へ、出水時には越流
 の流勢を激烈ならしめ、置土施肥の利を滅したるのみならず、壌土を
 洗掘して、沿岸の地表を流失せしめ、河岸の決壊を増大せしめ、延い
 ては河川の荒廃を来たしたることすくなからず。
    
   (「石狩川下流に於ける河岸原生林に就いて」1915年1月)

そしてこの当時輸入された新しい樹木ポプラを新たにこの地に植樹して
いる事を大いに喜んでいる。
この時の文章は漢文調の縦書きだが、ポプラの記述では「ポプラー」
とカタカナで文字がまるで躍るような勢いがある。
そのポプラの生き残りだろうか、子孫だろうか、二本の背の高い大きな
ポプラが岡崎文吉の護岸工法の残るパラトに立っているのだ。
私が歩いて見た二本のポプラが後日岡崎文吉の資料で再会し、来月
及川・山田のふたつのうたで蘇る。
不思議な縁である。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


 

by kakiten | 2015-04-28 15:25 | Comments(0)


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