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テンポラリー通信

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2015年 04月 21日

鷲のようにー斜道(11)

道南の松前に撮影で来ている映像作家の大木裕之さんが
一泊で札幌にも来てたようだ。
残念ながらこの日は定休日で留守する。
また水・金は夕方から4,5時間通院治療で留守する。
私らしく病気の水難・貧乏の金難で女難はない。
いつもこうしてふらっと予告無しに会いたい人が来る。
わざわざ8時間も松前からバス・列車に乗って来たのに残念。
もうひとりの大木さんの友人M夫人には会ったようなので
いずれ彼の最近の事も聞いてみたい。
大木裕之さんはいわば天才肌の映像作家である。
T大学建築出身の異色の人だ。
札幌では「メイ」という作品を5月の時期に撮り続けている。
出会いはもう10年以上前で、寒い冬の時だった。
その後2003年11・1~11・11まで滞在し制作された
「おかくれ」は、父上の死を悼む名作である。
それまでの大木作品とは一味違う骨太で繊細な作品であった。
どちらかというと、軟派なホモ的なイメージの強い人と思われ
勝ちな大木さんだが、本質は雄々しく猛々しい鷲のような人で
ある。
その鷲の雄雄しさと繊細さが、色々あったであろう父上の死を前
に札幌ー石狩の風景の中友人そして自分自身との心の漣を見事
に謳いあげていた。
思うにT大学建築科に入学するまでの大木さんは、きっと父上に
とって自慢の良い息子だったのだろう。
その彼が東京に出て訳の分からぬ映画など撮り始め、卒論も映像
という破天荒な生き方に変わり、父と子は疎遠となったと思える。
しかし父上の死によってそんな諍いもすべて懐かしい記憶となって
「おかくれ」は石狩の海の見える中で終わるのである。
映像私小説とも思えるこの作品は、札幌ー石狩の風景の中で可能
だった私たちと大木さんの出会いの記念碑的な作品でもある。
その後毎年5月に「メイ」と題された今も続く作品が創られ、ほぼ
毎年札幌へ来る事も続いている。
何年か前水戸芸術館で大木さんの作品上映があった時招かれ
対話に行った事があった。
その時は東京の石田尚志さんも一緒で、夜の打ち上げは顔見知りの
人も多々いてまるで札幌に居るかのようだったのを思い出す。

今年も「メイ」の制作・上映で5月札幌に来るのかどうか分からない
が通い続けた札幌への一区切りの時に差掛っている事は間違いない。
10年近く続けた作品「メイ」の中に、大木さん自身の歴史が人と風景
とともに刻まれているからだ。
それは大木さんだけではなく、我々自身の札幌と我々の歴史でもある
だろう。
今回は3年ぶりの札幌で、新幹線を契機に大きく何か変わっている事を
松前からの列車旅で感じたらしい事は伝わってくる。
札幌に安穏として住む我々こそ、彼の鷲のような鋭く猛々しい目を今こそ
必要とするものなのかもしれない、と思う。

大木さん、「メイ」は完成まで、続けさせましょう。
見たいです!

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2015-04-21 13:50 | Comments(0)


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