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2014年 08月 24日

屋根と通りーポプラー・葉月(13)

黒澤明の遺した20世紀後半の札幌の映像を見て、屋根のある
街並みと通りを思っていた。
私の祖父の時代の店のキャッチフレーズには、停車場通りの
文字が見える。
父の時代にはそれが駅前通りだった。
私の時代にはもうそこは四番街という呼び名に変わっていた。
通りよりもビルに店がパックされたビル主体の街となった。
JRタワーに象徴される、通りよりも地下と高層階に人を集
める上下へ吸引する構造である。
ひとつひとつのビルが人を地下と高層階へと囲い込む上下
の通りへと変わったのだ。
従って地上の通りは消えて、屋根も消え、駅もまたショッ
ピングの回路となってきた。
古くは門前町・寺前街・駅前通と呼ばれたのは、神社が
お寺が、駅が人を呼び寄せるコアとしてあり、そこに至る
道が通りとして街となったからである。
コアとなる神社や寺、駅はその求心力として頭のようにあ
っても自らが物を販売したわけではない。
信仰や旅の移動の拠点として人が集まるコアだったのである。
そこへ行く為の導線が通りという回路だった。
そしてその通りには表と裏さらに仲通もあって、軒下が並び
有機的な町並みを作りだしていた。
黒澤明の残した映像にはそうした街が映し出されている。
冬が舞台なので尚の事裏通りの道は雪で天地を狭くしている。
屋根から雪が垂れ下がり、氷柱が軒下を貫いて地面へと伸び
ている。
鉛色の空に灰色の雪が舞い表通りの大きな建物も怪物のように
蹲って暗いのだ。
牧歌的な夏の北海道とは全く正反対の冬の都市札幌の通り
である。
人々は寒さに肩を竦め防寒具を身に纏い俯き加減に前を歩く。
そしてふっと明るい照明の灯る喫茶店やレストラン、時にラー
メン屋へと身を寄せる。
それらが立ち並ぶのが表・裏通りなのだ。
店は同時に店主の顔があって、商品を通して人と人が出会う
処でもある。
屋根と同じくらい人と人の顔・頭が通りには見えてあったのだ。

ドストエフスキーの濃い人間関係の相克のドラマ「白痴」には
この当時の札幌の冬の街景は正にぴったりの背景だったに相違
ない。
後年「影武者」のロケで再び札幌を訪れた黒澤は吐き捨てる
ように「ここはもう私の知る札幌ではない」と言ったという。
そこからさらに街は変わり、明るい通路・雪の見えない地下空
間・屋根の見えない高層ビル群と通りも氷柱も暗い軒下も消え
て明瞭で明視の空間のみが拡大してきた。
しかし人間の心の明暗も自然の猛威もより潜在化して、軒下の
氷柱よりさらに深く見えない闇の中に潜んできているような気
もするのだ。

*中嶋幸治展ー9月23日ー10月5日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2014-08-24 15:00 | Comments(0)


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