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テンポラリー通信

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2014年 05月 06日

街の変質ー陽炎・皐月(5)

八木さんふたりの絵画を見ながら、札幌のシティとタウンを
ずっと感じていた。
僅かな距離にも関わらず存在した地域の薫りの事だ。
私が生まれた場所もその地域に属する。
祖父の時代までは停車場通りと表記され、父の時代には
駅前通りと呼ばれた。
私や母の時代には冬季五輪の時代で、街は五度にわたる
市街地改造を経て賃貸主体のテナントビル群となり、それ
までの専門店主体の一戸店主の多い街から支店主体のショ
ップ群の4番街と呼ばれる街に変わっていった。
岩内の木田金次郎の初個展を応援するような店主の街では
なくなって、経済行為の先鋭な多彩な商品のパックショッピ
ング街となっていったのだ。
停車場も駅もそれ自体が輸送のコアから、ショッピングビル
の中心として機能する駅テナントビルへと変化してきた。
タウンもシテイもひとつのビル内に吸収され、その界隈性
は喪われてきたのである。
街は物流と消費に覆われ、人の交流を主とする文化の風土
は希薄になっている。
岩内の木田金次郎を受け入れ、三岸好太郎を生み郡司正勝
を生んだ札幌モダニズムのタウンやシテイが消えていった
のである。
その原因のひとつが街の構造的な変化にあった事は事実で
あると思う。

今また札幌国際芸術祭の文字と同じ大きさで坂本龍一と印
刷されたポスターを背に、札幌市長が新幹線延伸の早期実
現を語るTV会見を見ていると、かっての札幌五輪と同様
の国際イヴェントの大義名分の旗印で進められた都市の
変質を想起するのである。
札幌は真に文化の根拠たり得るのか。
なかがわつかさや八木さんたちまで繋がっていたシテイと
タウンの文化の流れは継続し得るのか。
そう問いかける声がしきりとするのである。

*八木保次・伸子追悼展ー5月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011ー737-5503

by kakiten | 2014-05-06 19:09 | Comments(0)


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