今年教育大を卒業のS君が卒論のコピーを持参してくれた。
「三岸好太郎と札幌」を主題とする論文だ。
三岸の画業を通して三岸の生まれた札幌という土地の保つ
純粋近代の影響を探った好論文である。
美術史の系譜からモダニズムの線上に三岸を位置づける
だけではなく、彼の生まれた札幌をその精神形成の大きな
要因として位置づけ象嵌しようと試みている。
S君のような若い感性が、札幌という場をそのように捉え
<住>と<民>の視角から掘り下げてゆく視座をみせている
のは頼もしい事である。
本州からの移民によって生まれた国内植民地のようなこの
街は、時として歴史の無い底の浅い街のように語られる。
しかし人類の歴史はアフリカの人類発生に始まり、常に
移動を繰り返してきた移動・移住・移民の歴史でもあるのだ。
たまたま北海道が近い過去に存在しているだけである。
移動は人類の基本にあり、その移動は時を経て根を下ろした
移住という垂直軸を孕み、やがてはひとつの国を形作る移民
という国家のゾーンを形成してゆく。
さらにいえばその国家の前に、お国という故里も造ってゆく。
それが個々の精神形成の土壌ともなって、故郷という心の国を
生むのだ。
僅々百余年の歴史の中でこの札幌という土地も、ひとつの国
として、他の地域に無い独自の風土を保って私達の歴史として
ある。
そうした足元の精神風土をカルチベート(自耕)するように、
若い20代のS君や歌人のY君が<移住>と<移民>の<住>
と<民>の系譜を掘り下げているのは、なんとも心強い事である。
歌人のY君は、札幌の移民と移住の歴史的痕跡を新聞連載で
もう1年近く調べ一首づつ作品化して記録している。
本人自身の来歴である富山県からの移住者の歴史を生まれた土地
丘珠に伝わる郷土芸能獅子舞に見て、その後移住した新興団地
との相違をこの<住>の根の意識から掘り下げているのだ。
こうした地道な場との対話・探求を抜きに国際という際(きわ)は
本来成立し得ないものである。
東西のグローバルな横軸ばかりが国際化だと錯覚するのは、最近の
アート引越しセンター的なアートの物流化現象の悪しき風潮である。
近代の三岸好太郎のモダニズムに故里札幌を見、札幌の街郊外丘珠
に移民の国を見て、この札幌自体を深く根を下ろして見据える視座
こそ、今一番必要とされる際立つ国際性ではないのか。
そんな熱い声が遠くの異国からも届いた今日である。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503