紅葉が去り黄葉の増した道。
季節の縁を疾走る。
雪が降っては消え、短い秋は冬の入り口にある。
路傍の凍った路面を避け、滑らないように注意して
自転車を走らす。
エルムの森の黄葉した枯葉の中、玄冬が潜んで
暗い眼差しがある。
これから半年近い冬が来る。
衣食住の環境も変わり、自転車で走る事もなくなる。
朝と夜の30分の自転車漕ぎが無くなると、1時間の
歩行になるから夜は少し辛いなあ。
地下鉄はたまには乗るけど、基本的には乗りたくない。
矢印のような人の歩行が嫌だ。
この街のリズムは札幌国際芸術祭の来年夏までの短い
時間にも流れていて、近代・炭鉱・水脈・森等の幅広い
メニューをどうして半年で消化できるのだろうか。
源流も河口も森も炭鉱もそして近代と現代の境の街道も
30年近い歳月をかけて、ひとりの作家を代表するよう
な作品を私は企画し続けてきた。
今回の芸術祭のメニューを見ながら、あらためてそう思う。
そしてそれは今も現在進行形の「緑の運河エルムゾーンを
守る会」の運動や、2年前の「石狩河口・座ル ふたたび」
から3年連続して続く吉増剛造展に繋がっているのである。
個々の作家と場の関係性には、それなりの熟成する時間が
必要であり、場と人の濃い関係性が生まれてはじめて作品
へと結晶するのだ。
山奥の戸谷成雄の彫刻「雷神」。源流の土による「川に還る」
鯉江良二の作品。夕張での佐藤時啓の写真作品。石狩河口の
大野一雄の舞踏公演、吉増剛造の長編詩「石狩シーツ」とこの他
にも多くの作家の作品が今もその輝きを失う事はない。
1983年の川俣正の街角プロジェクト「テトラハウス」に始ま
って、それ以来札幌の近代とそれ以前の境を現場として、多くの
作品が生み出され続けてきた。
今その事実をあらためて振り返り、なお今も進行形として感じて
いる。
僅々半年ほどの時間で、これらのメニューが真に作品として結実
するかどうかはまことに不可解で疑問なのである。
*吉田切羽写真展「on yhe road」-11月19日(火)
-12月1日(日)
*吉増剛造展「ノート君~神窓へ」-12月10日ー1月5日
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503