人気ブログランキング | 話題のタグを見る

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2013年 09月 05日

メール不通ー逍遥・長月(4)

セキュリテイがどうとか表示されて、メールの受信が確認できない。
迷惑メールが多い所為もあるけれど、とにかく今の時点でメールは
不通である。
パスワードやセフテイコードを打ち込めと表示されるが、忘れている
コードもある。
設定してくれたK氏に電話するも、不在である。
やれやれ・・・。
しばらくはフェースブックかミクシイを使ってしか、メールの交換
は無理である。

文月悠光さんから第二詩集「屋根よりも深々と」が送られて来る。
一読してそこに既視感を感じる自分に驚く。
特に大野一雄の「石狩の鼻曲がり」を見て書かれた詩「神魚」に
それを感じた。

  ・・・
  (いまも
   おどるのでしょう )

   またあえますね
   /ここにいる。

この最終行の</>とともに語られる <ここにいる。>は、
大野一雄の舞踏の視覚体験が、深く木霊しているような気がする。
1991年9月に石狩河口で踊った映像を見せた時の感動がそのまま
/の後の一行に凝縮している。
1991年といえば、文月さんの産まれた年である。
そしてこの映像を見た時はすでに大野一雄はこの世にいない。
この小さな</>に文月さんと大野一雄の幽明を異にする境がある。
その界(さかい)を超えて、時も超えて囁くように、添うように声を
発している。
その寄り添うような声の磁場に、既視感が漂っているのだ。
私が初めて手にしたこの一冊の詩集であるにもかかわらず、そこにある
既視感を感じたのは、その声の保つ磁場の所為であると思える。
全ての作品がそうである訳では勿論ないけれど、詩集のタイトルとなっ
た「好き勝手」の最終行ー屋根よりも深々と愛をかぶりたい。-のよう
な既視感を感じさせる世代を超えた身体感覚のようなものがこの詩集に
は点在しているのだ。
まだ学窓の内にいながらも、時としてその窓からするりと抜け出すよう
に言葉が虹を架ける。
さらに「神魚」に拠っていえば、

  あなたがかかとで
  地と口づけを交わすとき
  その背へ
  うちよせていくものがある。
  さかのぼるものがある。

この<かかと>はまた、文月さんの心の踵でもあるだろう。
深い身体性と心のかかとが学窓を抜け出して、<うちよせる>ように、
<さかのぼる>ように、世界に触れている。
「屋根よりも深々と」というタイトルは、そうした身体の歩行の比喩で
もあると私は思う。
屋根が加速度的に消失してゆく東京の街で、文月さんの詩の身体は心の
踵(かかと)をこれからも強靭にしなやかに鍛えてゆくだろう。

*収蔵品展「記憶と現在」-9月15日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


  

by kakiten | 2013-09-05 14:50 | Comments(0)


<< 秋の空ー逍遥・長月(5)      熊談義ー逍遥・長月(3) >>