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テンポラリー通信

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2013年 08月 24日

ビルの屋根ー梢心・葉月(14)

平岡正明の名著「横浜的」(青土社)の第一章にーひばり「東京
キッド」の観点で横浜をロケハンするーという一文がある。
戦後の昭和20年代後半までの都市風景が語られている。

 空を見たけりゃ、ビルの屋根
 もぐりたくなりゃ、マンホール
そして

 右のポッケにゃ夢がある
 左のポッケにゃチュウインガム

当時の浮浪児で孤児の生業は靴磨きとガム売りだったという。
その孤児が見上げた空に、ビルの屋根が映っている。
地上には土管が転がって、そこがねぐらとなってある。
そしてここで歌われる空にはもうすでにビルが見える。
しかしその高さはまだ屋根が見える高さなのだ。
地上の空き地に土管が転がっている事もなくなり、空にビルの
屋根が見える高さも失われて、こうした浮浪児も消えて今がある。
しかし同時に、<空を見たけりゃ>という空も、<もぐりたくなりゃ>
というマンホールも無くなって、代わりに大規模な地下通路がホームレ
スのネグラとなっている。
そして左右のポケットには夢もガムも何も入ってはいないだろう。

屋根が見えるまでの時代というものが、後世になって語られるように
なるのかも知れない。
屋根が見えるという空の位置が喪われて、人は世界の輪郭を巨大な
室内風景に収納されて衣食住をパック化される。
そうした物質文明の先駆者アメリカでさえ、地上2階地下1階までを
ヒューマンスケールとするショッピングセンターを摩天楼から脱出させ
造りだしてきた。
そこはショップの夢のランドとして、ありとあらゆる小売形態が集合し
人工の川を流し遊歩道を廻らしていた。
エンターテイメントとしては、夢の国が展開するデイズニーランドが
遊園地として創られ貧しい生活の身近な友である鼠と鵞鳥がその国の
友人としてキャラクター化されミッキーマウスとドナルドダックとして
表れる。
摩天楼の国、屋根を見えなくした国のもうひとつの再生の流れでもある。

この両端のせめぎ合いが文化の役割であって、デイズニーランドもショ
ッピングセンターもアメリカの文化の胎動である事を見逃してはならない。
日本においてはこのアメリカの模倣ばかりが先行して、その本質的な根の
ところを見落としてはいないだろうか。
生まれた国を去り故郷を喪失した人たちが、その貧しさゆえ経済本位で
摩天楼を築き上げ、さらにその喪失感からデイズニーランドもショッピン
グセンターも新たな夢のランドとして創造されたという故郷喪失感が根底
にあるという事実である。
それはあらたな故郷・故里をランドとして創らんとする夢の力が為せる
ものなのだ。
何故ならこの空間・ランドには、見上げれば屋根も空もあり、マンホール
ならぬもぐりこむ隙間があるからである。
例えそれがショップと遊園地の空間であろうと、その独自性はアメリカの
物質文明の夢の果てに生まれた独自な文化であるのは事実である。

痩せたね、と隣の大家さんが家賃を集金に来て呟いた。
私は右のポッケにある夢の話しをした。
顔が和らいで、後からカレーライスを届けてくれる。
もう少し太れよ、ということのようだった。
今度は左のポッケの稼ぐガムの話をした。
がんばります・・ね。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-08-24 14:04 | Comments(0)


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