山田航さんが珈琲豆と道新連載記事を持って来る。
今週火曜日掲載の札幌モノローグ紀行「豊羽鉱山と昭和の
後始末」の一文だ。
今年4月から始まった連載はもう何回になったのか。
札幌の隠されたホットスポットを毎回探訪し、一首を添えて
短いエッセイを書いている。
何度か私の知っている場所も案内し紹介したが、最近は独自
に自らの発見で探訪記を続けている。
毎回掲載文を持参してくれ、話をする。
足元の故郷を知っている積りでその実何も知らず、沢山の未知
の発見がこの歩行の中で生まれる。
それら新鮮な発見が歌を生み、今までに無い外界との関わりを
深めている。
心なしか3年ほど前会った時とは顔つきも変わってきたような
気がする。
地下通路に設置された500m美術館の図録が送られてくる。
瀟洒なデザインで美術の図録というより、洒落たカタログの
ようだ。
個々の作家の作品はさて置き、いつのまにか札幌はメイン通路
が地下通路主体になってきた気がする。
山田さんの見えない札幌発掘の試みとは対極の人工通路に文化
インフラが集中してメインとなっている。
ここでは人間社会を囲繞する自然界との回路が希薄だ。
そこにアートという名の環境インフラが、ぞろぞろと飾り付け
られる。
月寒丘陵を削りサッカーと野球を主とする札幌ドームを造り、その
自然林の跡にアートグローブ(芸術の木立ち)という野外美術群を
設置したのと同じ意識で、環境としてアート作品が設置される。
自然環境の代替え装置として、限りなく有用でないデザインとして
アート行為が代行する。
何かが間違っている。
孫悟空の超能力は、自然というお釈迦様の掌の中だという自省が
ないからだ。
芸術は芸術であって、自然ではない。
芸術が木立ち・森になる事など有り得ないのだ。
500m美術館などが先頭に立って、明年の国際芸術展のテーマ
「都市と自然」の自然への位相がアートグローブ(芸術の木立ち)
的な展開となるならば、その結果の魅力無さは今から明瞭なのだ。
オリンピック招致とは違う文化の魅力とは、その地の風土という
独自性である。
地下通路をいくら綺麗に飾り立てたところで、デパートやショップ
の美しく快適なデザインと変わらない美化インフラなのだ。
山田さんのようにこつこつと見えない札幌の歴史と自然を発見する
地道な行為こそが、カルチヴェート(自耕する)という本来のカル
チャー(文化)を生んでゆく。
百年を優に超す春楡の巨樹ゾーンの存在よりも、90階のタワービ
ルの存在を優先する思想に、自然を語る資格は無い事を肝に銘ずる
べきである。
*収蔵品展ー8月11日(日)まで。am11時ーpm7時;月曜定休。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503