人気ブログランキング |

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2013年 06月 06日

行く前に・・-光・水無月(5)

友人の美術家Y氏が今日と昨日の自身のブログで
小樽美術館・文学館の瀧口修造展を絶賛している。
小樽でこれほど充実した展覧会が催されているとは、
と多くの人に見る事を奨めている。
行く前に嬉しいような、プレッシャーのような・・・。
今日午後吉増さんから30葉の草稿が届く予定だ。
これを持って流星大使のように今会場に展示中の
340葉の大草稿に重ねに行かねばならぬ。
見に行くだけでなく関わりに往く・・・。
緊張感が沸く。
吉増さんをはじめ、足利の篠原さん小樽の玉川さんと
多くの人たちが何年も前から耕してきた今回の展示。
そのほんの小さな最後の方のお手伝い。
どういう形にせよこれに関われ、という流星子・大隕石
司祭のご宣託なのだろう。

と・・、ここまで打ち込んでいると日本郵便の声。
届いたなあ~!
いよいよである。

今日の午後八木さんの遺族の方が見え、作品の搬出をする。
先日お願いした今は空き家の八木家の竹の表札は、遺族の
方の許可が出て戴ける事となった。
私の祖父の時代親交のあった八木保次さんのご母堂敏さんと
保次さん、伸子さん3人の名前が手彫りで刻まれた風情ある
表札である。
これには非常に個人的な想いがあって、この3人の名前が
ひとつに連なって在る表札は、私の家と八木家の心の架け橋
のように感じているからなのだ。
私は私の名前がこの八木敏さんとどこかで深い繋がりを保って
在るような気がしているのである。
そして勿論そのご子息の保次さん、奥様の伸子さんとともに
ある時期札幌を共有し生きた記憶もあるのだ。
そして同時にこのふたりの向こうに私の父と祖父の翳も敏さん
とともに寄り添っているように感じている。
敏さんは明治生まれの痩身で凛とした美しい方だった。
華道の達人であり同時に俳人としても優れ、雅号は一紅女と
いい独自の季語も創った言葉の人でもあった。
晩年なにかのパーテイの帰路公園を一緒に歩き、ふっと手を
握られ手をつないで歩いた事があった。
当時私も未だ若く敏さんの孫のようなものだったが、不思議と
周囲をすれ違う人たちがみな微笑んで見てくれるようで眩しく
幸せな気持ちになった。
この時のふわふわした眩しいような気持ちを思う時、いつも
そこに父や祖父の存在を感じるのである。
父の事をいつもちゃん付けで呼んだ八木敏さんには、祖父の
時代が大きな比重を占めていたに違いない。
そして手を繋ぎ歩いたこの時のふわふわした不思議な気持ち
に、私は遠い時代の未知の祖父と敏さんの心の交流を感じて
いたのだ。
遠い時代のきっと深い思慕のように思え、敏夫という私の
名前の遠い由来でもあるかのように勝手に思っているのだ。

遺された祖父の遺影は写真ではなく、保次さんの手による画像
である。

*記憶と現在展ー6月12日(水)ー30日(日)am11時
 -pm7時:月曜休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-06-06 13:37 | Comments(0)


<< 洗い立ての青空ー光・水無月(6)      風の飛礫ー光・水無月(4) >>