東京のグループ展に出品し、ライブパフォーマンスを終えた
藤谷康晴さんが帰って来て顔を出す。
失望と怒りの表情だった。
ナイーブで過激な彼は、このライブパフォーマンスでの会場
での反応にいたく傷ついたと見える。
展示後あらためてライブパフォーマンスの為に東京を訪れ、
考え抜いた段取りで作品行為を見せたのだが、終了後筋肉
痛だけが残ったと言う。
事前のフライヤーに書かれたコンセプトやそのデザインに
ある違和感を感じてはいたが、実際に作品を出しパフォーマン
スをしてきた参加作家の心の痛みを聞くと予感は当たっていた
気がする。
失望と怒り、これも東京という場である。
作家にとっての故地(ホームランド)はそこには無かったという
事である。
夕方山田航さんと彼の先生であるH学園大学の准教授のTさん
が来る。
4月からTさんのアシスタントティーチャーとして勤務する事に
なった山田さんの前祝いである。
さらに明日から彼の道新文化センター教室が開講する前祝いで
もある。
Tさんと私は旧知の友人でもあるので、山田さんの新たな旅立ちを
3人で祝う為に来てくれたのだ。
缶ビール半ダースほか沢山の差し入れも持参しTくれて、ささやかな
宴が始った。
新たな連載記事のスタート、カルチャーセンターの開講、大学での
新たな勤務と、希望に満ちた弾ける4月に山田さんの顔も明るい。
希望と失望の入り混じる4月に、場という素粒子が大きく作用している。
ヒッグス博士の発見したヒッグス粒子とは、<場>という素粒子で
種子と土壌の関係性のような、媒介というアクテイブな素粒子だった。
山田航歌集「さよなら バグ・チルドレンをめぐる変奏」展で、あれほど
豊かに昂揚していた藤谷さんが、東京では失望と怒りの筋肉痛を訴え
て来札し、喪失感の内に居る。
一方山田さんは展覧会後も希望と昂揚の時間が続いている。
その差異は、<場>というものの差異が大きく作用している。
それは多分東京と札幌の差異というよりも、グループ展の企画の
(×1)の求心力の差異と私は思う。
作品の出品点数と次にライブパフォーマンスの参加という東京へ
二度も出かけた事も含めたエネルギーは、札幌で一点だけの出品と
比べはるかに多いにもかかわらずこの差異がでるのは、やはり<場>
というもののもつ差異と思わざるを得ないのである。
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