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テンポラリー通信

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2013年 01月 30日

高臣大介展始るーイシカル・1月(17)

水の波頭の骨のような太さ3~5cmに長さ30~50cm程の
透明で硬質なガラス百一本が正面吹き抜けに雪崩れている。
吊ってあるその一本を揺らすと接する音が他にも一度に連動
して鐘のようにいっせいに鳴り響く。
「あふれでる。」
今回のテーマの見事な音とガラスの形象である。
昨年の主題<野傍の泉池>の深化を充分に感じさせる。
今回のタイトルに相応しい展示となった。

かって鮭が押し寄せ、水が湧き川となって石狩の海へと流れ出た
札幌扇状地の母なる泉(メム)。
その泉のあった清華亭とその流域にあるこのテンポラリースペース
を繋ぎ展開した昨年の作品ではまだ手探りのようであった主題が
今回百一本の透明な波濤となって昇化している。
朝の光、午後の光、夕暮れの光の中でその時々の雪明りに浮かび
上がる水の骨のよう作品群は、清冽な冬の澄んだ底、風骨の背骨の
ように、透明で鮮烈なのだ。
吹き抜けの上の廻廊から見下ろすと、さらにその主題性が鮮明になる。
地の底から湧きあがる泉の裸体を俯瞰するかのように、動的な噴流が
立ち上がって見える。
そして廻廊のあちこちに同じ透明なガラスの器に差された花が揺れて
階下の白い壁と光に透明なガラスだけの世界と対照的な有機的な
世界が階上には広がっている。
ガラスを透した光が時に音の形象となって廊内に溢れ、風ともなる。
廊外の雪の降り積もった白い世界の光が廊内の透明なガラスと交響
して、世界は光の重なる透明な空気に満たされる。
それは水の世界でもあり、光の世界でもあり、存在の透明な骨の世界
でもある。
高臣大介は今回泉の泉源を正に<あふれでる。>という動態として、
形象化したと思えるのだ。
千葉県から洞爺に移住して10年余。
泉の形象化を通して、同時に自らの生きる磁場を形象化しつつある事を
今回の展示は証明している。
泉のように、北の地に根付いたな、友よ大介。

*高臣大介ガラス展「あふれでる。」-1月29日(火)ー2月3日(日)
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2013-01-30 13:20 | Comments(0)


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