眩いばかりの光の朝。
白い路面に私の翳がくっきりと映る。
昨夜来たっぷり降った雪が綿のように世界を覆っている。
一日に何度も雪掻きした事も忘れて、
今はただ朝の光に浮かぶ白い世界を美しいと感じている。
雪害も現実なら、この美しい世界も現(うつつ)実の夢。
真っ白な世界を歩きながら、昨日見た夢を思い出していた。
仲の良かった近所の友だち。
向かいの眼鏡屋の2階に住んでいたタカ坊、
その隣の大きな洋服屋のリュウちゃん、その裏の
材木屋のハジメちゃん、その東側のおっかないおばさん
の家に寄食していたシムラ・・・。
みんな少年時代の近所の仲間である。
寝ながらふっとみんなの親の顔を思い出していたのだ。
タカ坊の父親は某百貨店に勤め、洋服屋のリュウちゃんに
は品の良いお母さんと精力的な風貌のお父さんがいた。
材木屋のハジメちゃんはひとつかふたつ年上で、モダーンな
家に住みやり手そうなお父さんがいた。
おっかないおばさんの家に寄宿していたシムラは、たしか離婚
したお母さんと一緒におばさんの家に見を寄せていた気がする。
そのおばさんの旦那は洋服の仕立て屋さんに勤めていて、いつも
三つ揃いの背広できちっとしていた記憶がある。
今思えば住んでいる家も様々で、二部屋くらいの借間から、中庭
のある邸宅や屋敷と親の職業や収入によってさまざまであったのだ。
そんな住居の違いに関係なく、近所で最初に仲良くなった少年時代
は、その家の違いが新鮮で面白かったのだと今は思う。
遊びに誘いに寄ると、いつもおっかないおばさんに睨まれて少し
怯えていたようなシムラ。
裕福で餓鬼大将のハジメちゃん、この頃からすでに軟派系でませて
いた洋服屋のリュウちゃん・・。
それぞれが個性的で家の状況もみんな違ったけれど、小学校が
終るといつも遊んでいた記憶がある。
みんな今はどこにいるかも判らないし、街もすっかり変わって今は
ショッピングビル街になって当時の面影はどこにもない。
夜ふっと目が醒めて夢の中で思い出していたのは、あの少年時代の
親の職業だった。
子供の時代に親の職業は、遠く友を包む霞のように朧で実の世界で
はなかった。仲の良いトモダチの世界が実であった。
しかし今振り返ると、親の収入やそれに伴う住居の違いがまざまざと
浮かんでくるのだ。
一緒に仲良く遊んでいた時間が、今は現(うつつ)の夢のように思い出
される。
現実とは、夢現(うつつ)と実際の實(み:なかみ)との間を行き来する
回路の内にあるのだろうか。
今朝の美しい白い世界の中を歩きながら、これも現実・・夢現(ゆめう
つつ)と、重い雪を掻き寒気に震えていた昨日までを思っていたのだ。
そしてあの少年時代、自分の家や親はトモダチたちにどう映っていた
のか・・。
そう思うと父や祖父になんともいえない贖罪の気持に暗澹として
なるような思いがしたのだ。
白い世界に沈む鬱蒼とした老舗の家屋の現(うつつ)とともに。
*吉増剛造展「ノート君~’古石狩河口から書きはじめて」
:吉増剛造(詩草稿・映像)・吉原洋一(写真)・鈴木余位(映像)
am11時ーpm7時:月曜定休。正月1,2,3日休廊。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503