まだ街に雪は見えない。
競馬場の長い壁はまだ燃えるような緋色である。
その壁に沿った道を自転車が走る。
濡れた路面にタイヤが吸い付いて快い。
落ち葉が舞い上がり、音を立てて左右に散る。
北大の構内に入り、エルムトンネルの森を抜ける。
巨木は緑と赤の葉を深く繁らせて、空を覆っている。
黄泉の国の門のようだ。
秋が深くなると、人はふっと死を想う。
死が近くなる。
朝、仏前に向かい祈りを捧げる故人の名が多くなった。
妻・母・父・祖父・伯父・師・友人たち・・。
いつの間にか毎朝祈る習慣が付いた。
無力な自分のせめてもの供養なのかも知れない。
両手を合わせ祈る形に、樹の立つ姿を感じる。
過去と未来を結ぶ両掌の内なる今。
現在(いま)とは、この両掌の内に息づく幹のような、
鼓動する何かである。
その事の確認の為に、祈るという行為があるようだ。
今朝は初めてYこと、Nの名前を頭に浮かべて祈る。
本来ならば、弔辞の一つも述べたかったのになあ。
昆虫や蝶の標本が沢山遺されていたという。
野山を駈けて蝶を追い、昆虫を取っていたという昔聞い
た話は本当だったのだ。
知っている積りでも知らない部分が、人には沢山ある。
人はどこで人と会い、どこで未知のまま別れるのか。
死は時にそうした事を、一気に総括して知らめてくれる。
そして人の一生を一瞬トータルな姿として浮き彫りさせ
てくれるような時がある。
死を通して、人は人ともう一度向き合う事がある。
昆虫少年よ、一度君は野山を見失ったけどけど
結局君は君らしく生きたよな。
今、そう思うよ。
それが、今朝の祈りの最後の言葉。
*収蔵品展ー11月25日(日)まで。am11時ーpm7時:月曜定休
*吉増剛造展ー12月11日(火)-1月13日(日)
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503