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テンポラリー通信

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2012年 11月 10日

赤い糸ー緋月・11月(9)

岡部昌生初期の幻の傑作油彩「人形六つ」の所有者
T氏が訪ねて来る。
氏はこの百号の油絵を若い時岡部氏から寄贈され、
ずっと飾れる場所もなく奥に仕舞いこんでいたという。
そして後年事務所兼住宅を建てた時初めてこの作品
の飾る場所を設け、岡部氏と私をお披露目に招いて
くれた。その折の写真が今も残っている。
フロッタージュの赤の原点を僕が持っているよ、とこの
頃T氏から聞かされた事を今も思い出す。
今も作品は事務所に飾ってあるというが、劣化が激しく
公的には展示できない状態だという。
昨年芸術の森美術館で開催されたなかがわ・つかさ展
の際にも貸し出しの要請があったというが、作品状態が
悪く展示はできなかったという。
もう半世紀近くも経過した作品は、それなりに劣化が進む。
しかしこの作品を大事に保管し飾り続けたT氏の心は少し
も劣化してはいない。
初めてこの作品に触れ、それを譲り受けた時の感動とそれを
飾る場所を設けるまでの時間は、T氏の一番大切な人生上の
原点ともなる時間だと私は感じていた。
当時の一般的な庶民の家には、百号の油絵を飾るような場所
など無いのが普通である。
これをいつか飾れるような家を持ちたい。
それがT氏のある時期の目標であり、生き甲斐だったと思える。
その意味ではこの一枚の絵が、ひとりの人生を創ってきたとも
いえる。
そんなT氏と久し振りに会い、この絵画に連なる岡部氏との友
情や彼の人生上のいろんな挿話を聞いた。
T氏と私は今必ずしも同じ立場にはいない、
むしろある局面では、対峙する場面にも多々ある。
しかしこのT氏所有の作品の前では、そんな対立的な要素は消
えて、ひたすら純粋に絵画への思いだけで熱く語り合ったのだ。
これは生きてきた時間とひとつの作品が結びついた稀有な時間
であったと、今思う。
作品はもう作家の手を離れて、固有な存在として今そこに在る。
時の経過とともに、画面は荒れ剥離が生じてもいるだろう。
しかし変わず、より濃く深くなるものがT氏の心の中にはあるのだ。
その触角のように敏感な心の奥底に在る魂の繊毛に、私はこの
時触れていた気がする。

紅葉の赤い季節に、一枚の赤い作品の記憶が遠い友人を招き寄せ
赤い糸に導かれるように人生を語った。
個々の人生が絵画の記憶とともに甦る。
これも今回の作品展のもたらした作品が保つひとつのドラマである。

*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-11-10 12:58 | Comments(0)


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