ついつい夜、女子のバレーボールに女子の卓球団体戦、男子のサッカー
と連続してTV実況で見て寝不足。
女子のサッカーも面白かったから、このところ夜のTVは鬼門だ。
一方同じニュースでも政治の方の実況はスポーツのようにすっきり
とはしないゴタゴタ続きである。
東電の画像公開の中途半端さも含めて、現実生活に直結する情報は
一枚も二枚も膜がかかって不鮮明である。
身体の技術の勝負の世界と精神の志の勝負の世界を比べれば
明らかに志の世界の勝負の方が、劣っている。
結果を引き受け、結果がはっきりと見えるスポーツの世界の方が
より志の在り様も明瞭であり、共感できるからだ。
この対比が長く続けば、人はスポーツのように単純化した政治を
求めるようになるかも知れない危険性もある。
ここはスポーツはスポーツとして、この現実のゴタゴタからのカタルシス
として押さえておく必要がある。
オリンピックとは、世界がスポーツを通してひとつに結ばれる、という
高邁な理念から出発したのだが、一方で非常に国家意識を昂揚させる
側面も保つ。
人情として自然な、運動会で家族を応援するような側面もあるからだ。
そのある意味で自然な人情の側面に政治的国家意識が浸透すると、
スポーツの昂揚はひとつの国家の方向性へと束ねられる危険性も持つ。
そこを上手く利用したのが、ナチスのドイツ・ヒットラーである。
今の日本でもひとつ間違えば、スポーツと現実の差がそのような方向性
に向かわせないとも限らない。
オリンピック後の日本は解散風の行方も含めて、どこに向かうのか、
余程じっくりと考えなければならない。
*「記憶と現在」展ー8月17日(金)-31日(金)am11時ーpm7時・
月曜定休。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503