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テンポラリー通信

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2012年 08月 07日

秋風のようにー熱月(8)

今夏初めて競馬場の周りで蜻蛉を見た。
あ~、秋が近づいているなあ、と感じた。
やがて水溜りに新しい命をつなぐ交尾する対の蜻蛉が
見られるようになるのだろう。
かって川が流れていた競馬場の周囲には、水面は見えないけれど
空気の中の川ー風が吹く。
そして風の方向に暗渠から顔を出した川が見える。
その風に乗るように蜻蛉が飛んでいる。
その所為だろうか、いつもこの場所で蜻蛉を見るのだ。
秋には連結した2匹の蜻蛉が幾組も、小さな水溜りにノックするように
川の記憶を確かめている。
水面は見えなくとも、風の方向、風の匂いに蜻蛉は水面を感じている。
そして微かな小さい雨上がりの路上の水溜りに、命を繋ぐ。
本当の水の澱みではないから、そこから新しい命が育つ事はないだろう。
それでも毎年この辺りには交尾する蜻蛉がいる。
それは見えない川の記憶がこの風景の中には在るからだ。
その不毛とも思える繰り返しに、悲しいまでの蜻蛉の生の性(さが)を見る。
見えない水の、本当は見えないと思う方が間違っている事の正当さだ。
舗装されたアスファルトに見える幾つもの亀裂。
その斜めに伸びる亀裂の向こうに暗渠の川が姿を見せている。
蜻蛉は見えない川の澱みに卵を産み付けているのだ。
小さな舗道の水溜りを川の記憶として点刻する。
円山川と界川と琴似川の合流するかっての川の集結地帯を、
風が吹いて通り過ぎる。
川の匂いがする。
そこを蜻蛉は滑空する。
そして小さな水溜りを澱みとして、命を点滴する。
私はその横を毎朝自転車で走行しているのだ。
時にその命の水溜りを車輪で蹴散らしながら。
人は人の造った物だけを特別と思う特権意識を恥じなければならない。
日常的に小さな自然生命の創造を、どこかで破壊して生きている。

「記憶と現在」展ー8月17日(金)-31日(金)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-08-07 13:37 | Comments(0)


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