追悼八木保次・伸子展を見に芸術の森美術館に行く。
雲ひとつなく青空が広がり、気温も高い。
常盤の森は緑が滴るようにして、翳が濃い。
そんな光に比して会場内部は照明が薄暗く、色彩の彩りが貧しい。
おふたりの資料は誠実に展示されていたとは思うが、作品の彩(いろ)は
死んでいる。
我田引水かもしれないが、私のところで展示した八木伸子「ふたつの花束」
八木保次「風物」の圧倒的色彩の存在感とは比較にならない。
色彩は光の彩(いろ)である。
その彩(いろ)を、ふたりはこの札幌の光の中で生涯賭けて追求した。
その彩(いろ)が活きていない。
折角の森の中に近い透明な光溢れる環境なのに、閉じ込めた室内照明
だけでは、このふたりの作品の彩(いろ)は活きていないのだ。
自然光では作品が劣化する懸念もあってか、自然光を遮断し照明だけ
の室内展示にしているのかも知れないが、このふたりの作品は光が命
である。追悼の資料展示という黴臭い設定ではこれでもよいが、作品を
主体にした時にはこの展示では作品の肝心の色彩が活きていない。
美術館とは同時に資料保存館でもあるから、それはそれで止むを得ない
のかもしれないが、作品は資料ではなく活きた命溢れる存在である。
そのように見たかったと思う。
美術館も八木さんのアトリエも同じ南西の山中に位置している。
そこから札幌の固有の光と色を画布に留めようとしたふたりの色彩への
挑戦をもっともっとラデイカルに同じ光の中で見たかった、そんな想いが
強く残るのである。
その後緑陰と光溢れる野外を歩き、もうひとつの企画展は見る気持が
起きなくなり、下って真駒内川の川辺、石切山の跡地を散策した。
エドウイン・ダン記念館からハルニレの大木を何本か眺めて、その大きさ
美しさにあらためて感動する。
山裾に繁る桂の大木、川辺に多いハルニレの大木。
これらの「立体力」をここ固有の美として、そこを基点に本州目線にない
固有の立体を、八木さんたちの色彩探求と同じように見たいと思った。
時代を超えて円空から初音ミクまで俯瞰する展示も良いが、そうした啓蒙
的で俯瞰する教養的視座の気持ちにはなれない日だった。
私には八木夫妻の仕事への個人的追悼が、この地と分ち難く深く結びつい
てあった日だったからである。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)-
15日(日)am11時ーpm7時・月曜定休:7月2,3,4日展示作業。
*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)-25日(水)
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503