若い静かな表情の殺人事件の容疑者の顔を画面で見ていて、
ふっと飯館村の無人の穏やかな山村の風景を思い出していた。
放射能で人が去った緑豊かな静かな村。
一見すると何の異常もない穏和な山村である。
日常がそのままの表面を保ちながら、見えない異常が潜んでいる。
飯館村の風景とこの容疑者の表情が保つ共通性は、静かで能面の
ような表情・日常風景である。
非日常の核(原爆)と日常の核(電気)のように、殺人や廃村も非日常
の顔をもたないで日常の顔で顕れるのだろうか。
鬼瓦権蔵などといういかにも恐ろしげな顔をした犯罪者などなく、普通の
大人しそうな善良そうな顔をして犯罪を犯す。
見えない放射能汚染のように、平穏な顔をして凶悪な汚染が心にも忍び
寄っているのだろうか。
人間にも風景にもそれが在る。
何の変哲もない住宅街が突如として液状化し、渚現象が起きて崩落する。
平坦な土地と思われたものが、実は谷を埋め立て渚を埋め立てた虚構の
現実であったりする。
現実と思えたものが、実は幻である。
現(うつつ)という実体が反転して現実の牙を剥く。
人間も風景もそんな総幻化の時代にあるのだろうか。
芸術・文化に携わる人たちは、相当に覚悟が必要な時代である。
時に現実現象の方が超現実として世界を囲繞している。
幻が真に幻として現実に対峙する軸心が問われているのだ。
現(うっつ)が雪崩れ込んで、幻を食う時代である。
食われた事に気付かず、アートなどに耽っている場合ではない。
*森本めぐみ展「舟がくる」-6月24日(日)まで。am11時ーpm7時。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」ー7月5日(木)-
15日(日):7月2,3,4日展示作業。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503