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テンポラリー通信

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2012年 05月 16日

海抜ゼロの渚ー玄黄・5月(9)

ふたたび曇天が続く。
今年は寒暖の差の激しい暗い5月。
生と死を意識した所為か、この暗い5月は心の傾斜に呼応している。
海抜ゼロの石狩浜を歩いた日。
来札の岸辺:らイ(死)さツ(乾いている)。
望来の岸辺:も(静かな)らイ(死ぬ)。
そんなアイヌ語の直訳地名のある陸と海の境目は、同時にその生と死
の境でもあったかに思える。
腐敗しないプラステイックの容器群、流木や生物の死骸。
それらを洗う川波、海波。
その絶え間ない地球の脈拍のような波に触れて、境の浜があった。
有機的なもの、無機質なものすべて含めてゼロであり、しかししてそこ
は豊かさと空虚さの両方を孕んでいたのだ。
用を喪失した虚というプラステイックゼロと、生を喪失し朽ちながら他へと
転生するゼロの相違が際立つ場所でもある。
化石や貝殻そして瑪瑙の転がる浜、そのすぐ傍に広がる埋め立て処理場。
ふたつの終了したものが、世界を二分して広がっている。
ランドとランドフィルの世界である。
化石も流木も瑪瑙も貝殻も新たな大地(ランド)を創る。
ゴミ処理場の埋立地(ランドフィル)は、遮断した大地を造っている。
その二分されたゼロの際のように岸辺が広がっていた。
赤く沈む夕陽が真っ赤なゼロであるならば、その夕陽に象徴される赤いゼロ
は豊かですらある。
原色のプラステイック類のゼロは、腐敗もない不毛な虚のゼロである。
死の堆積と生の蓄積は虚と実のように対峙して存在していた。
海抜ゼロの渚は深さも高さもゼロではあるが、生命は原点として在り、その位相
は、豊かさと虚しさの相違の渚・境でもあったように思う。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」-5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*大木裕之展ー5月22日(火)~予定。

 テンポラリーペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-05-16 13:10 | Comments(0)


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