藤谷康晴さんの図録が完成し、出版したかりん舎さんと藤谷さんを
囲んでこの日飲む事になった。ギヤラリーで待ち合わせたので、
休廊日だが午後出勤する。
前回休廊日出勤時には、K氏から八木保次氏死去の報が届いた。
今回は、尾道で船大工をしている彫刻家の野上裕之さんの男児
誕生の報が届く。
死去と生誕とまるで正反対の休日の一報である。
さっそく野上さんに、お祝いの言葉を伝えた。
すると第一子の名前には<朝>の文字を一字入れたいという。
その言葉を聞いていて、ふっと八木保次さんも朝の人だったなあと
思い出していた。
一緒に逆立ちして見たご来迎の光。
札幌の朝の豊かな光彩を画布に描き続けた人である。
夜型の人と思われ勝ちだったが、実は早朝のこの光彩を見る人であった。
野上さんの<朝>のひと言が甦りの再生のように、新たな生命の誕生と
生命を全うして消えていった人との間で、きらりと光っているような気がした
のだ。
そして以前に伸子さんから頂いたお雛様の描かれた色紙があったのを
思い出して、会場に展示した。
それを、ふたりの遺影の載る記事の上部に飾ったのである。
1999年5月の芸術の森美術館展で出版された八木保次・伸子展図録には、
幾つものふたりの写真が載っている。
新婚の時、東京時代の時、札幌に帰って来た宮の森の時。
どれもが、このお雛様の色紙のようにふたりである。
しかし写真には当然時代と年齢が滲み出ていて、一様ではない。
だがこうして会場にお雛様の色紙を置くと、変わらぬふたりが顕れる。
絵だからこその、ふたりの真実・朝の風景なのだなあ、と思う。
ほとんど同じ時期に入院し相次いでこの世を去ったおふたりを見送るのに相応
しい絵だなあと、今思えるのだ。
尾道から届いた誕生と朝の言葉が、私にはあらためて追悼・八木保次・伸子展
への想いを深めてくれた気がする。
野上くん、<朝>君の誕生おめでとう。
そして八木保次・伸子さん、遠くから<朝>の誕生が届きましたよ。
ご報告です。
*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
am11時ーpm7時。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503