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テンポラリー通信

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2012年 01月 24日

湧き水ー睦月(11)

水が湧く場所を主題に、ガラスと鉄の作家がタイトルも含めて
頭を抱えているようである。
水が湧くという事は単純なようで、人間にはおいそれとは実現できない
自然の凄業である。
例えばある瞬間インスピレーシヨンが浮かぶ。
この脳中の一瞬の霊感のように、湧き水もまたあると思える。
さまざまな多くの思考の蓄積の中で、ある一点に湧き上がるものがある。
それが霊感だとすれば、そんな風に地中から一点湧きあがってくるもの
が、湧泉の場所と思える。
これは人間には成し得ない自然の妙なる場処と思える。
その妙なる場から生まれた清らかな水を命の糧として生命の源は形成
されるのだ。
そんな稀有な美しい場所の源を断つようにして我々の社会環境は時に
成立構成されている。
人間だけの生命をこの泉池は育てている訳ではない。
植物も他の多くの生物もこの湧き水によって支えられている。
メムとアイヌ語で呼ばれたこの泉池の連なりに、エルムの森が繁り札幌の
大地が広がっていた。
しかしこのゾーンはその水源を断たれ、今は暗い窪地のように忘れ去られた
裏通りとして存在している。
透明なガラスと土のように暖かな鉄の造形作家ふたりが、その泉を鎮魂し
祈りをこめて脳中の湧き水のように、霊感を高めて作品を創る。
ふたりの作品自体が見えない湧き水そのもののように、あるリアリテイーを保つ
事が出来得たならば、会場の清華亭外庭は一瞬にせよ本来のこの場に沈んだ
夢を再生する事ができるだろう。
そして湧く水はかってそうであったようにそこに止まる事無く流れて岸辺を作り、
もうひとつの会場のテンポラリースペースの見えない岸辺にも触れて流れて行く
のだ。
人間が決して為し得ない湧き水への敬虔な想いを、人間が為し得る霊感の
創造的仕事において、かって在ったであろう湧泉と森の記憶に捧げたく思う
のである。
九州の阿部守さん、洞爺の高臣大介さん。
ふたりのエンジンが次第に高まりつつある便りが今朝来る。


*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)展ー2月上旬~。
 場所:清華亭外庭×テンポラリースペース。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2012-01-24 13:53 | Comments(0)


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