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2011年 11月 25日

<ランド>の再生ー烈々布(8)

都市を主体とする社会構造に対し、フイジカルな自然の身体を主体とし
現実を再構成する試み。
それが吉増剛造の「石狩シーツ」誕生に関わる大きな動機である。
夕張川の源流域に拓かれた近代産業の炭都。
その夕張が’80年代以降急速に衰退し、巨大な産業遺構物を抱えたまま
廃墟化しつつあった時、札幌は消費都市として拡大の一途を歩んでいた。
このふたつの都市を有機的な川の回路を辿る事で、海の縁(エッジ)から
源流域の縁(エッジ)を結んで、その境界の内に、身体としての石狩ランド
を再生する試みが、’94の「吉増剛造展石狩河口/座ル」である。
そしてその結晶として生まれたのが、長編詩「石狩シーツ」である。
そこには発見された石狩をランドとして、その土壌の中から吉増自身の
ランド・奥多摩の種子が芽を吹き、絹織物の織姫(女工さん)と炭鉱の女抗夫
さんとが、日本近代のラデイカルな底流として交流し鳴り響いたのだ。
イシカリランドが日本近代の基底としてさらに大きな近代ランドを奏でた稀なる
作品と、私は思っている。
北海道の<ランド>としての視座は、近代明治日本が官による開拓として
拓かれたものである。
それ以前は、海の視座・昆布ロード、鰊ロードとして外縁の海側が主であった。
明治以降初めて内陸開拓の視座が設定され、アメリカ人を始めとするお雇い
外国人の登用によってその内陸事業が進むのである。
その展開は開拓使の置かれた札幌を中心とした都市主体の構造である。
その流れは今も変わらず、ランドとしての石狩国や十勝国を通底せず都市を
を中心に展開される都市中心構造なのだ。
明治の急速な近代は対外的には国家帝国主義の様相を深め、同時に国内的
には都市帝国主義の様相を保って、東京一極主義を地方にも及ぼしていく。
その構造は、小さな東京的な一極が多くの地方の<庁>所在地に集中した
構造に見る事が出来る。道庁所在地である札幌もまたその代表的な例である。
その結果石狩国・札幌という視座は稀薄になり、札幌という都市だけが突出する
現象を生む。
人口数にその事実が如実に現れて、北海道の総人口の半分近くが札幌圏に集中し
ているのがその証左である。
都市圏が肥大化し、ランドとしての石狩国は衰退する。
それはなにも札幌圏だけではなく、東京圏はさらに肥大化して東北地方の福島まで
もその傘下に電力供給基地として在った事実は、今度の東京電力の原発事故でも
明らかになった事である。
この都市主体の近代の流れを断ち、固有の地域(国)としてのランド(故郷)を再生す
る闘いこそが、今最もラデイカルに問われている命題と私は思う。
吉増剛造の「石狩シーツ」は、その意味でこの闘いの嚆矢ともなる記念碑的な
作品といえる。

*吉増剛造展
 前期「’94石狩河口/座ル 石狩シーツ誕生」ー11月27日(日)まで。
 後期「石狩河口/座ル ふたたび」-12月1日(木)-31日(土)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-11-25 11:56 | Comments(0)


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