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2011年 11月 01日

エ・エン・イワの卑弥呼ー秋冷秋水(14)

eーenーiwa(エ・エン・イワ:頭が・尖っている・山)というアイヌ語に
由来する恵庭市。
そこに生まれ住む森本めぐみさんの、密かな故里放浪の触手のよ
うな絵画群と思える。
小さな楕円の作品も含めて、15点。
今、卒業後の再びの故里を、意識の父母の布団からもう一度目覚めて。
幻想の地形を放浪する夢の指先、足先。

恵庭岳と風不死岳。その麓に広がる恵庭市。
hupーush-nupuri(フプシ・ヌプリ:トドマツ・群生する・山)とエ・エン・イワ
(頭が・尖っている山)の間に広がる大きな窪み。
そこにかってあったという支笏火山。
その幻の火山とその後に出来た窪み・湖。
そうした幻の火と水のエ・エン・イワ(恵庭)の記憶を、今はなんの変哲も無い
一地方衛星都市である恵庭市のフイジカルな固有の身体性として、自らの
故里を確かめ触れていくかのように、足指、目指が世界をなぞってゆく。
火の記憶、水の記憶、大噴火後の死の窪み。
小さな楕円の作品も、大きな死火山のような作品も、火の湖に溜まる青い水
のような鮮烈な赤の作品にも、すべてが始原への帰巣を見詰めようとする
指先のタッチから生まれている。
何故恵庭であるのか、何故恵庭に自分は生きているのか。
その他処との相違は、自らのアイデンテイーたり得るのか。
一度出た故郷を再度故里として見詰める。
そんな真摯な感性の指先が、必死にもがいて故里を再構築しようと
再生の陣痛を至る所で、作品の大小に関わらず血を流している。
この身体的とも思えるフイジカルな肉感性は、女性ならではの真摯な表現
の出産と私には思える。
身体性の奥の疼きから、土地の保つフイジカルな疼きを重ねて、真に女性的
なエ・エン・イワの卑弥呼の子たちのように、今回の作品は完成したと思う。
物流のグローバリズム都市帝国主義に対峙する、固有の地域・固有の個。
その小さな足場の故里から、作家は自らのエ・エン・イワ(恵庭)の突端にいる。

*森本めぐみ展「ものもつ子たちのこと」-11月8日(火)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-11-01 12:29 | Comments(0)


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