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2011年 10月 26日

晩秋の野幌ー秋冷秋水(10)

雪虫の飛ぶ晩秋、曇天が続く。
今週は先週と違い、暗い秋。
先日の休廊日、M邸画廊伽井丹弥展を再訪した後、
Mさんの車で野幌丘陵へ向かった。
過日月寒丘陵を歩いたので、今度は野幌丘陵を歩きたかったのだ。
意外にM邸に長居した為時間が無くなり、車で軽く周る事となる。
煉瓦の館ガラス館を見て、江別駅前を少し歩く。
外輪船という名の古い札幌軟石の倉庫。
今はそこをフリースペースにした空間となっている。
そこに繋がる豪壮な木造家屋の庭と縁側が美しい。
さらに表通りの煉瓦建ての歯医者さんの建物、旧北陸銀行の札幌軟石
の建物、商店の消えた何とか通りというアーケードの残る通り、消防署。
かって歩いた時よりさらに過疎化の進んだ旧市街地である。
石狩川に千歳川夕張川の合流するかっての物流の拠点地は、夕張鉄道
と国鉄とも繋がり、両輪船の水運と汽車の陸運の拠点でもあった処なのだ。
さらにここから西北にかけて野幌原始林を水源とする幾つもの小さな川
が石狩川と合流する一帯でもある。
nup-or(野の・中、処)を語源とする野幌。
車で廻っていて体感したのは、明らかに月寒丘陵の起伏と比べて
傾斜が緩やかな事である。
丘ひとつひとつのスパーンが、緩やかで長いのである。
<nupーor:野の・中、処>の<野>が意識される。
地形図を見ると、幾つもの小さな川の跡が広大な野幌原始林から
東北方向の石狩川へと流れているのが分かる。
緩やかで小さな川たちが、大地を刻み小さな渓をたくさん造っていた。
そんな風景が目に浮かぶ。
その面影が、この辺りに多い公園の数に偲ばれるのである。
さらに大手の製紙工場や牧場、墓地、最近ではゴミ処理場のような
広大な敷地をもつ施設も多い。
これは野の保つ緩やかな広さが利用される事によるものである。
他の丘陵地帯ではこれにゴルフ場が加わる。
これらの用途は、都市を中心主体にした地域のいわば植民地化と
も思える構造だ。
現代は近代の国家主体の帝国主義的展開から、都市を主体とする
地域帝国主義の時代かとも思える。
フクシマの東京大都市への電力供給基地化、本土防衛の沖縄軍事
基地化、さらに内向きに郊外の住宅基地化、ゴミ処理場化、都市に
従属する機能を郊外に分散化して展開する。
その結果地域の固有の地形・地相は、物流の集約中心に帝国主義
的従属に犯され、その固有性を喪失し続けている。
<nupーor:野の・中、処>
野幌の豊かな原野に生まれた農産物を使った小さなカフエを兼ねた
直売所が、元野幌の原野近くにあった。
ここを訪れたその時だけが、一番ほっとしたnupーor(野の・中、処)
な時間であった。

*森本めぐみ滞在制作展「ものもつ子のこと」-10月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-10-26 15:59 | Comments(3)
Commented by kyo at 2011-10-26 19:46 x
> 両輪船

こんばんは。

今年の雪虫、なんだか大きくて元気な気がしませんか?
あんまり儚くない…かも…

ん?外輪船?
このあいだ、芝居をみてきたところかしら?

その界隈、日常から異空間にまぎれたような
不思議な風景の場所だと思いました。

その平和通の角・Cafe&RestOLD-e#の朗読会に
来月お邪魔させていただこうと思っています。
Commented by テンポラリー at 2011-10-27 11:21 x
kyoさま>そうですね、異空間ですよね。外輪船の裏がすぐ
石狩川に繋がって、荷を積んだり下ろしたりする倉庫だったの
でしょうね。
そう、そう、平和通でしたね。
その角のカフエが旧拓銀の建物ですね。
朗読会、きっと音の響きが良いような気がします。
この間は休みで入れませんでした。
手前に古い旅館があって、これもかっての宿場なの
でしよう。札大のイヴェントで夕張からここで一泊し
翌日モエレ沼を経て石狩河口へと、当時の山口昌男学長
今福龍太、吉増剛造ほか多くの人が宿泊しました。
Commented by テンポラリー at 2011-10-28 13:09 x
kyoさま>外輪船が正しい呼称でしたね、両輪船は訂正です。
そしてカフエとなっている軟石の建物も、拓銀ではなく北陸銀行
の間違いでした。以前歩いた時のカフエになる前の写真で確認
しました。失礼致しました。


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