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テンポラリー通信

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2011年 09月 20日

船出ー点と線(3)

休日の昨夜、尾道の船大工にして彫刻家野上裕之さんの結婚報告会が
あった。昨年入籍し、今回は故郷での親しい友人たちを集めての報告会
である。
二条市場北向かいの新しい居酒屋。
久し振りにネクタイを締め、背広を着て大通りから南二条通を歩く。
見覚えのある建物は、2,3軒。あとは見慣れぬ新しい店舗が続く。
二条市場手前の創成川も公園化して、妙な明るさ。
川の東側はかって、ぐっと寂れて古びた木造の家屋が沈んでいたが、
今は小洒落た居酒屋が並んでいる。
創成川の東側を最近は、創成川イーストとか言うらしい。
かってこの界隈は、職人と魚市場の街で独特の匂いがしたのだ。
創成川とは、石狩川と札幌を結ぶ運河・新川の事である。
<新>を権威付けると、<創成>という文字となる。
明治政府と江戸幕府の権力転換期の関係が、この言葉の言い換えに
現われている。只の新川ではない、まして幕臣の大友亀太郎の造った
大友堀とは違う、明治の創成だぞというオリジナル主張のトーンである。
北部に小樽と結ぶ汽車が通る以前は、ここが物流の動脈水路でもあった。
南の中島公園の中を流れる旧札幌川の名残り、鴨々川を水源として
途中からこの人工直線の創成川へと切り換えられる。
川の有機的な曲線を物流の直線の水路に変える。
ここに近代が現代に繋がるレール転換機のように創成川は存在している。
従ってこの創成川の直線は、現代のさまざまなドットを結ぶ直線構造化の原点
ともいえるものである。
一時期創成川ルネッサンス運動という文化事業があったが、この運動自体
は東北部開発の産業経済軸に添った文化運動で、創成(新)川をルネッサン
ス(復古)するという、言葉自体がすでに自己矛盾を抱えている事に象徴され
る産業経済政治に従属した運動だったと思う。
現在の新しく衣替えされた創成川歴史公園は、この時の創成川ルネッサンス
運動の流れで出来たものである。
本来ルネッサンスをいうなら、今は日本ハムファイターズ通りなどと呼ばれて
いる茨戸街道(元村街道)の方こそが、本来のルネッサンスに相応しい。
古い札幌川を意味するフシコ川沿いに石狩へと繋がる一番古い街道である。
ここは古い神社仏閣が続き、消えた村々を繋ぐ浪漫街道なのだ。
なんで物流直線の新川・運河が、ルネッサンスなのか。
それは風土と断絶して、効率優先の近代化の延長上に現代を置く悪しき
近代礼賛でしかない。
ミナト小樽の運河と内陸のミヤコ札幌との位置の相違を基本的に押さえていない。
札幌は陸路と川が主体となる内陸の都市である。
運河が主体とはならないのだ。

そんないろんな想いで創成川の横断歩道を渡り、野上さんの会場に着いた。
古い木造家屋をリニュアルした、かっての屋根裏と思しき3階がメイン会場であった。
20人程の若い人たちが集い、顔見知りも多くいた。
本人の司会と挨拶で会が始る。
私は友人を代表して乾杯の挨拶を指名された。
友人の代表という言葉に若干照れて乾杯の音頭は止め、飲もう!の三唱で
野上さん、奥さん、妊娠3ヵ月のお子さんに杯を捧げた。
2004年野上さんの画期的な初個展「「BAKEDWORLD」が前のテンポラリー
で開かれた時、月一回ライブをしていた古館賢治さんの歌うオリジナル曲「船出」
をあの頃野上さんは特に気に入っていた。
当時、将来自分が尾道の船大工に成るなどとは夢にも思ってもいなかっただろう。
その想い出の曲「船出」を古館賢治さんがこの日歌ってくれる事になっていた。
船大工・結婚・来春の第一子誕生と、今だからこそ聞ける「船出」の唄である。
7年ぶりに聞く「船出」は、野上さんだけではなく古館さん自身の唄の深化もあり、
深くみんなの心に沁み入るものだった。
この夜創成川の岸辺で聞いた古館さんの「船出」は、ルネッサンスなどではない。
本当に創成した野上一家の進水式のように、彼の札幌と尾道を結ぶ新たな航路を
開く船出だったのだ。
野上さん、本当におめでとう。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展ー10月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-09-20 13:11 | Comments(0)


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