予定した作家が順延になり、急遽収蔵品から「海」を主題に展示する。
やはり今回の大震災・原発事故の影響は、作家の作品制作過程にも
心の奥底で大きな影響を与えていると思える。
それがグループ展ではなく、個展であればなおの事、顕著である。
誰もが自分に今何が出来得るかと、問う現在がある。
特に普段の風景の中で日々進行している非日常。
それが日々新たな様相で現在進行形で現出しているからだ。
最近は食肉の問題が被爆地からはるか離れた場所に発生している。
見えない放射能汚染の忍び寄る影。
この影は、私たちの何の変哲も無い日常風景を視覚的にはそのままに
しながら、反転するネガ・非日常として現実を炙(あぶ)り出す。
見えない真実を表現しようとする作家たちが、先行する日常現実に実生活に
おいても、表現上においてもある焦燥感をもつとしたら、その事を批判する
事などとても今はできないと思える。
逆にそういう時だからこそ己の表現の根拠を見詰め、現実と自己との回路を
再構築すべき時と考える。
その立場は、画廊としても同じである。
展示する事で凝縮し放たれてゆく場は、ただ陳列するだけの空間・箱(box)
ではない。
作家とともに一種のトランス(函)空間として、共鳴し変化してゆく。
それが、temporary(一時の、仮の、しばらくの)空間が、con(ともに、全く)
としてconーtemporary(同時代)への志を共有するトランス(函)となる場へ
の意思なのだ。
画廊は、時に身体のようにして在る。
身体とは呼気と吸気の間を繋ぎ、生きる存在である。
人は、おぎやあ~と肺呼吸に切り替わる<呼気>で生まれ、息を引き取る
<吸気>で人生を終える。
小さな一瞬一瞬の呼気と吸気の間は、大きな生から死の間・人生でもある。
一時の空間はその小さな呼気吸気の間のように存在し、大きくはその呼気
吸気の間がひとつの人生であるように、ひとつの時代を生きる。
作家の展示とともに空間は束の間存在し、呼吸する。
その一時の時間は、小さな呼吸の時・身体の時間でもある筈なのだ。
今回展示の「海に沿って」は、上野憲男氏の作品「海の外側に沿って」
をメインにして、戸谷成雄の雷神一部、佐佐木方斎のシーリングボード、
佐々木徹のゴム布コラージュ、アキタヒデキの写真座礁船・石狩河口を
組み合わせ展示した。
上野憲男の優しい海の版画の周縁には、どうしてもあの被災地の津波の
海が重なる。
その心象を、それぞれ異なる時代の作家の所蔵作品を重ねて、現在を意思し
展示表現した積りである。
ここに縁あって収蔵品として残されたこれらの作品が、当初の展示とは別に、
新たなコンセプトで甦り、現在に発語する。
そのことを信じて展示した次第だ。
*「海に沿って」-7月26日(火)-8月14日(日)1m11時ーpm7時。
月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅣ」
8月21日(日)午後5時半~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展ー9月13日(火)-25日(日)
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax-11-737-5503