福島県須賀川市の川村龍俊さんから、詳細なその後のレポートが届く。
大地震の後、さらに原発放射性物質との日々の格闘が記されている。
茫然とその記述を目で追いながら、災厄と向き合う人のある種の明るさに
心を打たれていた。
しかしそんな甘い感想は、次のような記述に接して、すっと心の内部に
沈んだのだった。
福島といえば、智惠子の台詞として(高村)光太郎が詩に書いた「本当の空」
が観光の目玉ですが、震災以降、放射能による実害と風評被害によって
その安達太良山には登れないままです。・・・・
津波によって壊滅した海岸では遺体が荼毘に付され、まだ見つからない
家族を探しあぐねて避難所へ戻る毎日を続ける人々が多勢います。
そして津波で傷ついた遺体はまさに轢死体。
過酷に非日常と日常が入れ替わりましたから、見る夢と言えば「元に戻り
たい」しかないのです。でも震災以前に見ていた夢は、もう二度と見られ
ないのです。あたらしく何かを創ることは、まだやりたくないし、泣くに泣け
ない。・・・・・
助けて欲しいけど、ほっといても欲しい。
過剰な情報の中では、基準を見つけられないでいます。
自分のそれまでの歴史以外には。
東京には空がないと智惠子が呟き、本当の空があると言った安達太良山。
そうか、あの山がある処か・・と思わず頷いていた。
きっと見た目は変わらず、今もその美しい山稜を見せているに違いない。
透明な空の下、その姿も空も非日常と化して禁断の山と空となっている。
海岸には累々と死者が横たわり、山と空は非日常の陰画紙。
信じれるものは、自分のそれまでの歴史。積み重ねた日常の記憶。
個人的な古いアルバムや写真を、大切な宝物のように除洗する人の姿と、
この<自分のそれまでの歴史>という言葉が重なって響いてきたのだ。
そしてこの<自分の歴史>が、<基準>という言葉と重ねて使われた時、
私たちは深い最もラデイカルな場所で、今日常と向かい合っている。
都市の安全神話のカプセル内で、ぬくぬくと過ごしている私たちの日常が
一瞬にして陰画の世界に転換し、あの安達太良山が札幌の藻岩山のように
見えてくる。
今囲繞する生の根源を、福島の日常が問うのである。
6月4日から発熱、強烈な頭痛、ついに震災後初めて会社を休んだ、と
川村さんはいう。
なんでも風邪が流行っているとか?この時期になって風邪をひくとは、
やはり私も人の子だったか(笑)。まあ、原因は疲労以外のなにものでも
ありますまい。
こんな部分で私もほっと親近感を感じて、同様に(笑)を感じていたのだ。
状況は違いますが、私も人の子だったのでしょうね、川村さん・・・。
数日後
どうやら風邪は通り過ぎていったらしく、気分良好であとは鼻声が徐々
に元の美声に戻るのを待つだけでしょう (笑)。
ここでも小さく、私はあなたと(笑)を共有しました。
何もできませんが、私もまた私の日常現実の中で、<自分のそれまでの
歴史>を見詰め、<基準>を問うていきたいと思います。
力を頂きました。ありがとう。
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