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テンポラリー通信

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2011年 05月 26日

青空微風・風の芯ー燃える春楡(20)

沖縄の青が跳んできたかのように、札幌の青が広がる。
こちらは、新緑若葉の青。
気温も上がり20度を超えそうだ。
阿部守さんが帰り、ほっと気が緩んだのか、やたらと眠い。
寝坊して開廊時間ちょうどに、自転車飛ばして到着。
さすがにもうトックリセーターは脱ぐ。
半年間黒とモスグリーンのセーターを、取っ替えては着ていたから。
机の上も少し整理して、心入れ替え、先送りしていた原稿書かねばならぬ。

先日10年前の阿部守展の作品写真が出てきた。
鉄を叩き、しのらせ、板状に固い昆布のように延ばして重ねた作品である。
黒い鋼鉄の足の台座の上に、その有機的な土色の鉄は載せてあった。
この頃は鉄素材の本質を追求すると言っていた記憶がある。
今見ると、線と面の側から鉄の柔軟性をドローイングのように表わしていて、
近年の質感あふれる存在感に乏しいのが良く分かる。
作品自体の量感厚味が違うのだ。
阿部さんに見せたら、一瞬にして、見たくないなあと言った。
この頃だっただろうか、石狩河口の棄てられた古い桟橋の錆びた鉄柱を
見て感動していたのを思い出す。
風雨に晒され、黒い錆び止めも剥げ、鉄が赤く錆びて土に戻ってゆく。
そんな鉄の存在が荒涼とした海と河口の風景の中に在った。
北を基点として捉える阿部さんの原点とは、この風景と思う。
この風景の中から、鉄の本質的量感・質感を再生する表現の示唆を得てきた。
その10年に渡る志向が昨年の春楡を呼び寄せ、ひとつの風景を再生した。
緑の運河エルムゾーン再生への起動力となった作品である。
本質的芸術作品とは、そうしたものと思う。
個としてひたすら孤独な追求美の作業。
そのひとつの成果・結果が、波及して波紋のように風景を招く。
そこに社会も関わり、動きが生まれる。
作品自体はただただ存在して、本質的な磁場を生む。

今回の髄のように立つ黒い鉄の作品は、ただ単に直立しているようには
見えない。
叩き、伸ばされ、緩み、廻り、捩れて、垂直である。
それは人間の骨髄のように、有機的に直立している。
今回のフライヤー裏面に記された英文のメッセージには、こう記されていた。

 in one iron walk we touch the core of the wind

この<one iron walk>とは、正に石狩河口の風景から歩き出した阿部さん
自身の作品の歩行であり、<the core of the wind>と表現された
<風の芯>とは、風景の奥に彼自身が触れた<髄>の事と思われる。
当初の線的面的表現は量感ある質的表現へ、そしてさらに内なる見えない
<core>へとその表現は深化しつつ、今回の直立する作品は風景の深部
<風の髄>のようにして、在る。
それはただ垂直に立って、決してアートの効能を口走ったりせず寡黙である。


*鉄・インスタレーシヨン 阿部守展ー5月20日(金)-6月5日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-05-26 13:00 | Comments(0)


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