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テンポラリー通信

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2011年 04月 27日

19歳のニューヨークー風の土(21)

まもなく20歳になる瀬戸くんが、ジャズ誌に寄稿した一文を見せてくれる。
高校時代からジャズ青年の彼は、いつか本場の空気を吸ってみたいと
先月単身ニューヨークへ行ったのだ。

 1930年代、2000年代。この時代を繋いでいる表象的なものは街には
 もはや感じられない。・・・
 しかし、時代を隔てても変わらずに流れているコンテンポラリーなものがある
 とすれば、それは移民の街ニューヨークの人々の暮らしと街に込めた夢では
 ないか。・・・ジャズにとっては、人間の生活こそがリアルなのだと街は語りか
 けてきたようだった。

チャリー・パーカーやセロニアス・モンクの生きた1930年代と現代の差異を、
街並みやファッションの差異と考え、真にジャズにとってリアルなものは
人間の生活・人間の夢なのだと彼は結論している。
帰国した日3月11日は図らずもあの大震災の日で、その中でさらに彼の思い
は強くなって、語られている。

 大津波で近代文明はもろとも流されていた。しかし、そんな時でも波を押し返
 すようにジャズは今日もどこかで流れ続けていくだろう。ビルは流せても人間
 の想いまでは流せないからである。

彼がここでいう<ジャズ>とは、そのまま美術とも詩とも音楽とも言い換えても良い
気がする。そしてその事を支えているのは、人間が街に込めた夢である。
the republic of dreams。
それこそが、ジャズを通しニューヨークで見たリアルなのだ。
それは時代を超えて、コンテンポラリーなものと、彼は感じている。
昨年釧路から岩見沢教育大に入学し、この1年で随分大きな感想を得たと思う。
ジャズという一ジャンルを通して、きちっと深い部分に触れている気が私にはする。
もしここに<ジャズ>の代わりに<アート>という言葉を置いてみるがいい。
なんと軽薄な現在が浮かび上がるではないか。
ジャズという一ジャンルを通して語られる説得力と、アートというマルチジャンルの
実体のない言葉の説得力の相違である。
例えば同じ大震災の後に発した某大学教授の一文と比較する。

 今、震災後の支援に世界中の芸術家たちが多彩な活動を展開している。
 震災復興に大きな貢献を行なうのは、芸術文化の活力である。

                            (「芸術の説得」武邑光裕)

私には、この20歳前のジャズ青年の文の方が余程リアルで、説得力に満ち
て読める。
そこには自分の対象とするジャンルとそれに裏打ちされた都市と生活への
きちっとしたアクセスが自分の回路としてあるからである。

 ビルは流せても人間の想いまでは流せない

という文の説得力はそこから出てくる。
一方<震災後><震災復興に>と、進行中の現在からすでに浮き上がった
前提で、芸術・文化の効用を説く教授には、なんのリアリテイもない。
タイトルの「芸術の説得」とは裏腹に、何の説得力もないのだ。
ここでいう芸術・文化こそが、上っ面な<アート>である。
この文には、瀬戸くんの文とは相違して<アート>が似合うのである。
この真の説得力を保たない<アート>群が群れて、何を為すのか。
そこに真の街が育つはずもないのは自明の事である。
それをニューヨークで感じた瀬戸くんの言葉で記す。

 街は、人々の想いをテーマにアドリブを続けてきた。
 旅先で観た最高のインタープレイはそこにあったのだ。

街はそこに暮らす人々の想いを、夢として育むところなのだ。
その夢の系譜を、札幌は保っているか?

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずか+有山睦ライブー5月5日(木)午後5時~
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」
 5月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2011-04-27 16:32 | Comments(0)


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