「記憶と現在ーそのⅢ」展の案内メールを送信して、すぐに来た返信があった。
長文の内容で読んではっと気づいた。
福島明工社の川村龍俊氏である。
以前横浜の友人の紹介で、大野一雄石狩河口公演ヴィデオをDVDにして
くれた方である。その後メールでお礼を伝え、しばらくの時間が過ぎていた。
今回展示案内をBCCで同時に送信したその内のひとりだったのだ。
手紙・葉書と違い、メールには住所の認識がない。
頂いた被災状況のつぶさな体験を読み、すぐにお見舞いの返事を出した。
幸いご家族はじめ会社の方も無事だったようだが、この間の多くの苦労が
文面に溢れんばかりに綴られている。
そして心に残った件(くだり)がある。被災後の人の心の変化である
最初は茫然 次に異常にハイになり、やがてまわりに文句を言い出し、
最後は自信をなくし疑心暗鬼に陥る。これが心の動き。
誰もが程度の差こそ多少あれこうした過程を経るという実感を述べておられる。
そしてこうした状況で決して個人批判をしてはいけないと戒めている。
確かに困難な状況下において、人は凛々しくもなり同時に卑屈にもなる。
どちらもが極めて人間的な強さでもあり弱さでもあるのだ。
問題は弱さが出た時、卑屈になったと時の対処の仕方である。
大きな困難を共有した時、人はあるコンミューンを保つ素晴らしさも持つが、
個別な状況に立ち返った時、ふっと孤独な孤立した弱い自分に戻る。
その時こそが本当に人が人を信じる強さを必要とされる時なのだと思う。
私たちが日々メデイアを通して見る多くの映像には、この弱い卑屈な疑心
暗鬼な人の心は伝えられていない気がするのだ。
被災地の雄々しく凛々しく優しい姿が強調されているが、その陰にある弱い
姿を本当の人間として見詰め、そこをこそ支えあう視座がなければならない。
川村龍俊さんのメールを読みながら、一番気づかされたのはこうした生の、
困難下の人間の心の動きである。
これは他人事ではない。自分自身が時に同じ心の動きをしている。
この心の強弱の往還、揺れこそが、人を人として強くもさせ得る振幅なのだ。
私は川村さんの熱い再建への行動を読みながら、まだまだ続くであろう
福島県の人たちの個別な心・精神の振幅に深い共感と敬意を感じていた。
弱さを自覚してこそ、真の強さもまた生まれ得る。
この人間の弱さを自覚し耐えて、ともに個別なこの困難な時代を生きよう。
そう心から思うのである。
*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー4月12日(火)-5月1日(日)
am11時ーpm7時:月曜定休。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503