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テンポラリー通信

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2006年 04月 01日

ふたりのランナーー岸辺の表情(19)

熊谷透さんが中国抗州から帰ってきた。及川恒平さんが尋ねて来た。そして、
ふたりが昨晩初めて会った。夕方から湯豆腐を囲み利尻の昆布を入れ中国土
産の老酒とワイン、ビールを飲みながらポッリポツリと、たくさん話が有り余って
いるのに何処から出すのかを確かめ合うようにふたりの話が始った。男3人の
モノクロームな出だし。来る予定だったtさん、mさん、maさん、iさんと女性陣
みなさん風邪や体調、所用でお見えになれずガラスの高臣大介さんも仕事で
見えなかった。しかし話の中身はキラキラと濃く、気功や山岳マラソンに京都と
ふたりの共通の話題満載だった。あっという間に4時間くらいが過ぎた。10時近
く途中で来た酒井博史さんの車で及川さんが帰りふたりの初対面は終わった。
及川さんが10年近く歌手活動を中止しその間テニスの指導員をして歌に復帰し
た第一作「緑の蝉」の誕生時の話が心に残っている。テニスの指導員時代は体
を鍛え走りいわば下半身の強化に勤めた。しかし歌手時代は首から上で歌う事
を心掛けていたが復帰のCD録音の時は体の中心から歌を唄うように感じていた
という話である。その頃ダウン症の少女のコラージュをみてその体の芯から表現
していく全身のオーラになにかを貰ったという。その少女は自分の部屋全体を身
近にある物で構成して飾り既成の千代紙とかは決して使わなかったという。身体
に障害があること、その事が逆に全身を使い表現するパワーを生む。歌う事も首
から上だけの美声に依ることなく全身で声を生む、そんな体験が10年の身体経
験と結びついて復帰第1作を支えたのだ。マラソンから気功へ、マラソンから唄
へとふたりの表現領域は異なってもその身体の律動、そのリズムは同じ方向を
見詰めているように私には思われた。それは自らの身体の部分に寄らない回復
身体のルネッサンスのようにあると思う。文明の商業主義という増幅作業が見失
わせたもの、健康や美容という名のもとに偏っていった身体、作られたイメージ
の清潔な美声への偏りそれらを経験した上でそれぞれの気功が唄が今あるの
だろう。今私が都市に感じている偏向そして今私が実践しようとしている街の
復権、その同じ想いの街角でふたりの声と気功に会いたい、聞きたいと思う。
それが一夜明けた今日の私の願いでもあった。

by kakiten | 2006-04-01 18:20 | Comments(0)


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