今日も白い世界が続く。
廊内の黒い犬。
寄木細工のように板を張り合わせ、黒く焼いた杉のような木目。
太い首。細く締まった胴体。
しっかりと地を踏む4本の足。
高く上げた顔の先に、飛ぶように浮かんでいる鳥と題された面球。
黒い床と白い壁。
空気も白く凍てついて透明である。
北の白い空気に立つ黒い犬。
シンプルな配置と造型。
こんな造型を、作家は人生においてそう何度も造る事が出来るだろうか。
これまで野上裕之は、自らの身体を駆使してパフォーマンスに近い表現を
試みてきた。
時にそれらはリンタクと呼ぶ行為であり、ボクデンと呼ぶ行為であり、溶けた
鉛を型に入れて固めるインスタレーシヨンに近い製作行為であった。
そしてそれらの行為にはいつもその場で流す自身の汗の肉体があった。
今会場の南窓に近く、火と油と錆と汗に塗れた革手袋の翼が飛ぶ。
2,3カ月で消耗するという仕事用の分厚い革手袋が、両手を合わせて
鳥の翼を広げたように開いて窓辺もに吊られている。
この革手袋の色と犬の色は同じ茶褐色にくすんでいる。
これは多分作家の身体なのだ。
働く手の指先は合わさって翼となり、働く身体は筋肉の犬となり眼は面球と
なって跳ぶ。
船大工になって1年半の野上裕之の、心と体そのものの造型である。
こんなにシンプルに、今を少しだけ離れて自分を表現し得る事が
そう人生にある訳ではない。
そしてこのシンプルな定点・拠点の造型・配置こそが、今獲得した確かな
実感である。
これから1年。
その時作家は、この実感の深化をいかなる垂直軸として
定点表現するのだろうか。
里帰りとは、自らがもう一度<里>を構築していく事を意味する。
日常の革手袋を無心に縫い合わせたように、日常の<里>もまた新たに
縫い合わされるのだ。
故郷を離れた時に見える故郷もまた、新たな里である。
その来たるべき再会の日まで、我々の見えない<里の磁場>は続く。
そうだろう、野上さん。
*野上裕之展「鳥を放つ」-1月16日(日)まで。
am11時ーpm7時。
*高臣大介ガラス個展「雪調(ゆきしらべ)」ー2月1日(火)-6日(日)
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503