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テンポラリー通信

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2010年 12月 21日

船大工と漁師ー夢の系譜(23)

野上裕之さんが今日のブログに書いている。

 親分が「大工は日が暮れる、で銭呉れるじゃないで、
 腕がなければ話にならんで」 ・・・・。
 そんなふうに仕事して家に帰ってこつこつコサエてきた作品
 ぼくが船大工になって、初めて真面目に仕事しながら<作れた>モノたち。

その作品の到着が遅れている。発送も遅かったというから仕方がない。
尾道で船大工の仕事を選び、伝統的な職人の技術を学びながら、
なお彫刻の志を貫かんとする第一歩の個展である。
そうそうスムースにはいかないのが当たり前。
荷物の遅れくらいは、織り込み済みである。
先日オホーツクの海で漁師をしている佐佐木恒雄さんと電話で話した。
正月に顔を出すと言う。
2月洞爺の高臣大介ガラス展の後、彼も漁師になって初の個展を予定する。
現代の木田金次郎。南の海と北の海のふたり。
とても楽しみにしている。
本物の木田金次郎は、岩内で漁師を続け60歳の時が初個展だ。
その前年に茨城県から来た23歳の青年は木田に会い衝撃をうけ
翌年から北海道へと移住してくる。
そして10年、彼は北海道の美術シーンを牽引し、今芸術の森美術館で
その功績が再評価され、「美術評論家なかがわ・つかさが見た熱き時代」
展として開催されている。
このなかがわ・つかさの活動の切っ掛けになったのは、木田金次郎の
生き方と風土である。
しかし時代は、木田金次郎的な芸術家の生き方と逆の都市化の方向へ進み、
なかがわ・つかさの美術批評を通した孤独な闘いは、そうした時代との闘いを
根底に秘めて、34歳までの10年間を疾風のように闘って終るのである。
生死を板子一枚に賭けるようなシンプルな生活の現場は、かって体験的
経験的に生活の各階層に巾広く存在し、個々の生活現場で職人のように
存在した。
都市の分業化、工業化が進むと、その現場感覚は切れ切れの部分のように
パック化して希薄化している。
例え街の駄菓子屋さんでも、売るプロとしての職人感覚が在ったが、
今はブランド商品のマニアル知識を販売手法にして展開される。
売る方も作る方もある種の職人的なものが生きていて、その職人(アート)的
の土台が、フアイン・アート(芸術)を育む土壌にもあったのだと思う。
東京に近い茨城で生まれ、戦後間もない東京で大学生活を送っていた
なかがわ・つかさが、岩内の自然とそこに根を張って生きる木田金次郎の
生き方と作品に衝撃を受けるのは、破壊された近代首都東京と正反対に
ある風土と芸術の生活の本来の在り様でもあったと思う。
その生活というものの根の部分を、根底的に問われているのが現代である。
なかがわ・つかさを今問い返すとすれば、正にその生活の根本の転換期に
闘った端緒をもう一度見詰め直す事でもある。
等身大の全人間的行為として、生活の根本が在り得るのか。
私が野上裕之さんや佐佐木恒雄さんのような生き方に注目するのは、
こうした根本的生活の眼差しを保って、作品を作ろうとしているからだ。

みんながみんな船大工や漁師になれる訳ではない。
都市にいて都市を通底し、都市の上げ底文化をなんらかの形で突破しな
ければならない。 
野上さんも佐佐木さんも船大工であり漁師ではあるが、一歩引いて日常現実
を見れば彼らもまた間違いもなく都市生活者の一員でもあるはずだ。
風土という自然環境と、都市生活という社会環境の挾間から、かれらの作品は
生まれてくる。
そこが、なかがわ・つかさの闘った精神と現在が通底するものと私は思う。

*野上裕之展「鳥を放つ」-12月21日(火)-1月16日(日)。
 am11時ーpm7時:月曜・元旦休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-12-21 12:51 | Comments(0)


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